ちょき☆ぱたん お気に入り紹介 (chokipatan.com)
第1部 本
社会
かくて行動経済学は生まれり(ルイス)
『かくて行動経済学は生まれり』2017/7/14
マイケル ルイス (著), Michael Lewis (原著), 渡会 圭子 (翻訳)
(感想)
「判断ミスをする人間の頭の中で何が起こっているのか」に関する心理学研究で、経済学などさまざまな分野に影響を与えた二人の心理学者ダニエル・カーネマンさんとエイモス・トヴェルスキーさんの姿を中心として、「行動経済学」と、それがどのように生まれたのかを紹介してくれる本です。
「行動経済学」とは、心理学を経済学に適用した新しい経済学で、伝統的な経済学が「合理的な人間(経済人)」が「期待効用」を最大化する行動を取ると想定していることに疑問を呈し、「人が意思決定を行うときは効用を最大にするのではなく、後悔を最小にするものだ」という心理学研究から始まって、今や経済学の中で地位を確保し、現実の経済・社会政策の決定に活用されるまで発展しています。
著者のルイスさんは、ベストセラーの『マネー・ボール』(先入観と勘、直観が全てだった野球界に初めて客観的なデータ分析を持ち込んで、弱小チームを常勝チームに変えたオークランド・アスレチックスのジェネラル・マネージャーの活躍を描いたもの)を書いた時に、経済学者と法学者から「そのテーマは既に二人の心理学者によって証明されている」という指摘を受けて、カーネマンさんとトヴェルスキーさんに興味を抱いたそうです。この本では、二人の心理学研究者とその周辺への丹念な取材を通して、彼らが既存の経済学を打ち壊していく姿を描き出しています。
さて、伝統的な経済学では、「経済人」というモデルがあり、「経済人」はいつも「合理的(所与の欲望体系のもとで満足もしくは効用を最大にするよう)」に行動することになっています。経済学のテキストで初めてこの概念を見た時、「人間全部がこんなに合理的に行動するなんてこと、現実的にはあるのかなー?」と疑問に思ったことを覚えています。とはいっても科学的に研究する時には、研究しやすいよう、複雑さをそぎ落とした典型的なモデルを設定するのは一般的かつ合理的なことだと思っていたので、「まあ、そんなことだろ」と安易に受け止めてしまっていました(汗)。でも……ここで改めて考えてみると……社会科学にとって「典型的なモデル」として設定すべきなのは、「最もありがちなモデル(あるいは平均的なモデル)」であるべきで、現実に存在するかどうかも疑わしいほどの「理想的なモデル」を設定した社会科学というのは……そもそも現実に役に立つのかを疑ってみるべきだったのでしょう(汗、汗)。
「人間は判断を間違うことも多い」「しかも、ただでたらめに間違うのではなく、系統的な間違え方がある」ことを、さまざまなケースで明らかにした二人の心理学者は、経済学に激震を与えましたが、彼らが揺さぶりをかけたのは、経済学だけでなく、医学や歴史学、そして心理学そのものにもでした。玉石混交状態にあった心理学研究に、「瞳孔の変化スピード」などの科学的手法や、データの統計的分析を取り込むことで、心理学の有用性を高めてくれたのではないかと思います。
さて、この本は、「行動経済学」がどのような学問で、どのようにして生まれたのかを教えてくれるだけでなく、二人の天才的心理学者の共同研究の仕方を垣間見せてくれるヒューマン・ドキュメントでもあります。まったく性格の違うカーネマンさんとトヴェルスキーさんは、常に議論しながら理論を構築していったそうです。二人の関係は緊密で、「二人だけの秘密クラブ」のようだったのだとか。「どちらかがアイデアを思いつくと、すぐさまもう一方に伝えた。そうすると不思議なことが起こる。二人の頭脳が一つになる」のです。
ところが二人が共同で行った研究は、やがてトヴェルスキーさん一人の業績のように扱われるようになっていきます。カーネマンさんは影の存在となり、「二人の間の格差」が露わになって……ついにカーネマンさんはトヴェルスキーさんとの決別を決意する……そういう研究者たちの心の葛藤も描かれています。そして数々の栄光に輝いたトヴェルスキーさんの死後、カーネマンさんはノーベル経済学賞を受賞することになります。
イスラエル出身の二人の心理学者が他の学問分野にどのように影響を与えたかが、よく分かる「行動経済学」の伝記でした。とても読み応えがあるので、ぜひ読んでみてください。
科学技術の進歩とともに、脳波計や人工知能などの脳科学や、ビッグデータ分析など、さまざまな科学的手法の心理学への応用が期待できます。今後も心理学が、「社会をより良くすること」に現実的に役だっていってくれることを願っています。
* * *
ルイスさんの他の本、『マネー・ボール』に関する記事、カーネマンさんの『ファスト&スローあなたの意思はどのように決まるか?』に関する記事もごらんください。
* * *
別の作家の本ですが、『反脆弱性』など、この不確実な世界でどう生きるか考える上で参考になる本は多数あります。
なお社会や脳科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
Amazon商品リンク
興味のある方は、ここをクリックしてAmazonで実際の商品をご覧ください。(クリックすると商品ページが新しいウィンドウで開くので、Amazonの商品を検索・購入できます。)