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第1部 本
文学(絵本・児童文学・小説)
絵本・児童書(海外)
蠅の王
『蠅の王』2009/6/26
ウィリアム・ゴールディング (著), William Golding (原著)
(感想)
戦争中の飛行機を攻撃され、孤島に不時着した少年たちのサバイバル物語です。『神秘の島』や『二年間の休暇(十五少年漂流記)』と同じ「(少年)漂流冒険物語」ですが、まったく違う経過を辿ります。少年漂流物語の形式をとってはいますが、この物語で主に描かれるのは、「努力」「協力」などの人間のポジティブな面ではなく、ネガティブな闇の側面で、人間のあり方を鋭く追究した問題作です。
この『蝿の王』を児童文学のジャンルで紹介すべきかどうかは迷ったのですが、人間には「善性」と「悪性」の両方がある以上、誰でも、人生の中で「悪性」にさらされる時が必ず来るので、少年少女のうちに、「悪性」に焦点をあてた現実に、小説という仮想空間で触れ、自分の頭で考えてみて欲しいと思って、あえて紹介することにしました。中学生以上の方にお勧めします。
なお『蝿の王』というのは、聖書に出て来る悪魔ベルゼブブ(ベルゼバブ)のことで、罪深く強大な存在で、実力ではサタンをも凌ぐと言われています(ただし、「ベルゼブブ」は、本来は、「気高き王」という意味だったのに、多民族の神だったためにヘブライ人から邪神とみなされ、悪魔化されたという複雑な経緯をもっているようです)。
(※ここから先は、物語の核心にふれるネタバレを含みますので、結末を知りたくない方は読み飛ばしてください)
さて、『神秘の島』や『二年間の休暇』を読んで、内心、「そんなにうまくいくかよ!」とツッコミをいれたくなった方は結構いるのではないでしょうか。作者のゴールディングさんも、恐らくそういう懸念を持ったのではないかと思います。自らの生存を脅かされる過酷な環境では、人間の良性よりも、むしろ獣性が発揮されるのではないか、と。日本の現状を考えると、数々の大震災を『二年間の休暇』的に、「協力」「善性」で乗り切ってきていると感じますが、それが世界的に「驚くほど素晴らしい」と称賛されていることを考えても、大震災後の混乱では、生き残るための破壊や略奪などの「攻撃行動」が優勢になる方がむしろ自然なのかもしれません。
この『蠅の王』を読むと、克明に描かれていく少年たちの人間・心理描写が凄くリアルなので、人間の心には「悪性」「獣性」が潜んでいて、過酷な環境ではたやすくそれに流されていく可能性があることが、実感として突きつけられてきます。
また『神秘の島』とこの『蠅の王』の辿る経過があまりにも違うのは、『神秘の島』が大人中心、『蠅の王』が子どもだけという違いはあるにせよ、リーダーの資質の違いも感じてしまいます。『蠅の王』のラーフも優れた資質を持った少年ですが、この過酷さを乗り切れるほどのリーダー性は最初からなかったのだと思います。彼が隊長に選ばれたのは、たまたま「ほら貝」を拾って、何の目的もないまま衝動的に吹きまくったことで、遭難した少年たちを呼び集めてしまったからだったのです。
では、どうすべきだったのか?
かなり絶望的な状況の上、構成メンバーの性格などからも、この物語の経過を辿るのが必然だったとしか思えない気もしますが、改善の余地がないわけではなかったと思います。
例えば、ラーフが一番こだわっていた烽火(救助信号)は、実際は、「二番目」に重要だったのではないでしょうか。潜在意識内での「権力へのこだわり」のために、ラーフは狩猟隊の価値を認めず、彼らが遊んでばかりいるように考えていましたが、ラーフ本人も果物だけで飢えをいやせていない以上、狩猟隊が確保してくる野豚の価値は高かったと思います(一番重要なのは「飲食」だと思います)。もともと権力意識の強い狩猟隊長のジャックが反発していくのも、ある意味無理はなく、それゆえ、彼が豚肉という富を分け与える立場を悪用して支配者化していくのを止められなかったのではないでしょうか。
また少年たちは集会を開いて民主的に話し合いで解決しようとしていますが、過酷な環境では「行動」の方が大切です。少年たちは年齢がばらばらで、働き手になる大きい子は限られているので、大きい子が少人数でプランを立て、小さい子には彼らが出来そうな仕事を選び、やり方を具体的に教えることで作業者に育てていくようにすべきだったのではないでしょうか。ラーフは小さい子が遊んでばかりと不満なようでしたが、小さい子も小さい子なりに他人の役に立ちたいと思っているはずなのに、大きい子からの指示がなければ何をやるべきなのかが分からず、結果として遊んでいる他ないのです(このあたりが特に『二年間の休暇』のリーダーと違うところです)。
ラーフ自身も数年前までは小さい子に過ぎなかったことを考えると、これらのことを指摘するのは酷だとは思いますが、リーダーであり続けたいと願っていた以上、他の少年たちを「現実的に」少しでも良い方向に向けていかなければならなかったと思います。
その他、この物語には本当にいろいろ考えさせられましたが、最も重要だと感じたのは、「衣食足りて礼節を知る」のが人間の本性だという現実を忘れてはならないということです。少年たちのなかで最も賢かったピギー、最も精神性が高かった(ように見えた)サイモンの末路は象徴的です。食をジャックに依存せざるを得ない状況でなければ、双子のサム・エリックも、正しい道を進めたはずだと思うですが……。
そしてこの物語のもっとも不安なところは、この少年たち(特にロジャーとジャック)の将来です。彼らは戦場以外では、どう生きていくのでしょうか。
集団狂騒状態の中で、少年たちが野蛮な行動にまきこまれていく……こういう状況は、孤島という過酷な環境でなくとも起こり得ることです。自分自身が彼らの一員、もう一人の遭難者(年長の少年)の立場だったらと考えると、やはり、ピギーやサイモンと同じような悲惨な末路が約束されているような気がします(汗)。さきほどラーフの批判をしてしまいましたが、自分自身もジャックやロジャーの暴走を止められそうになく、この暴走集団から逃れたいと切望しながらも、結局はサム・エリックと同じように行動してしまいそうな……(汗)。それでもやはり、自分の正しいと思う道を進み、よりよい方向へ行動を向けようと、あがき続けたいとも思います。
あなたなら、どう行動するでしょうか。
ところで、この小説は描写力も素晴らしく、「説明ではなく、描写で読者に内容を理解させる」お手本となる描写が続出します。
例えば、金髪の少年が岩壁を下りて礁湖の方角へとぼとぼ歩いていく、印象的な美しい冒頭のシーン。汗が額にこびりつき、セーターを脱いで片手で引きずっていたという描写だけで、ここが熱い島だと分かります。説明めいた文章はほとんどなく、映画の画面を見るような描写と、少年たちの会話だけで、彼らが飛行機事故のためにここにいることが、読者に明かされていきます。
さらに鬱蒼とした森林の描写、少年たちの闘争シーンも臨場感に溢れていて見事としか言いようがありません。小説の描写技巧を学ぶ意味でも、ぜひ一度は読んで欲しい本です。
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ゴールディングさんには、他にも『尖塔―ザ・スパイア』などの本があります。
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