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第1部 本

地質・地理・気象・地球環境

世界から青空がなくなる日(コルバート)

『世界から青空がなくなる日:自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』2024/1/26
エリザベス・コルバート (著), 梅田智世 (翻訳)


(感想)
 人間はこれまで、自然を思いのままにしようとして環境を破壊してきました。そして今、気候変動や生物多様性の危機を解決するために、最新のテクノロジーを駆使して、さらなるコントロール試みようとしています……最新のテクノロジーは自然を救う希望なのか、それとも絶望なのか? を問いかけてくる本で、内容は次の通りです。
第1章 シカゴ川とアジアン・カープ
第2章 ミシシッピ川と沈みゆく土地
【第2部】野生の世界へ
第3章 砂漠に生息する小さな魚
第4章 死にゆくサンゴ礁
第5章 CRISPRは人を神に変えたのか?
【第3部】空の上で
第6章 二酸化炭素を石に変える
第7章 ソーラー・ジオエンジニアリング
第8章 過去に例のない世界の、過去に例のない気候
   *
「第1章 シカゴ川とアジアン・カープ」は、次のように、あまりきれいとは言えないシカゴ・サニタリー・シップ運河を進む船上で始まります。
「(前略)この運河ができる前は、シカゴの汚水(中略)はすべてシカゴ川に垂れ流され、場所によっては、ニワトリが肢を濡らさずに向こう岸まで歩いて渡れると言われるほど厚い汚物が川面を覆っていた。どろどろの汚物はシカゴ川からミシガン湖まで流れこむ。当時のミシガン湖はシカゴ市の唯一の飲料水源だった(いまでもそうだ)。腸チフスとコレラの発生は日常茶飯事だった。」
 こんな状況を改善したのが、当時最大の土木プロジェクト。この運河がシカゴ川の流れをくるりと反転させ、川の流れを、ミシガン湖から、デス・プレインズ川→イリノイ川→ミシシッピ川→メキシコ湾へと変えたのです。ところが、このことで……
「だが、シカゴ川の逆転は、汚水をセントルイス経由でメキシコ湾へ流すだけにとどまらなかった。米国のおよそ三分の二にあたる水系にも衝撃を与えた。それが生態系に影響をおよぼし、そこから財政的な影響が生じ、さらには逆向きになった川に新手の方法でふたたび介入せざるをえなくなった。」
 今では、この運河周辺で激増している魚(アジアン・カープ)を通さないように、川に電流が流されているのです。このアジアン・カープは、カーソンの『沈黙の春』で糾弾された殺虫剤や除草剤などの化学薬品の過剰使用をやめても、ある程度のコントロールをおこなうために、生物的防除の目的で導入されたようですが、その後、野生化して激増してしまったのだとか。なんと現時点で、イリノイ川では、魚類バイオマスのほぼ四分の三を占めているそうです。アジアン・カープは中国では美味しく食べられているのですが、米国では骨が嫌がられて、あまり食べられていないようです。それでもなんとか数を減らすために捕獲されて、肥料にされてはいるようですが……。
 続く「第2章 ミシシッピ川と沈みゆく土地」では、なんと、ルイジアナ州の沿岸部全体が沈みつつあることが書いてありました。(ルイジアナは一時間半ごとに、アメリカンフットボール場ひとつぶんの土地を失っているそうです!)その原因は……
「「土地消失危機」と呼ばれるようになったこの現象は、さまざまな要因に導かれている。だが、根本的な原因は土木工学の偉業にある。シカゴ近辺で跳ねるアジアン・カープとニューオーリンズ周辺の郡の沈んだ畑に共通するもの、それは人間起因の自然災害を体現しているという点だ。ミシシッピ川を管理するために、途方もない長さの堤防、防水壁、護岸がつくられてきた。陸軍工兵隊はかつてこう誇っていた。「われわれは川に手綱をつけ、まっすぐにし、秩序を与え、足枷をはめた」。ルイジアナ州南部が水浸しになるのを防ぐために築かれた巨大なシステム。まさにそれが、この地域が崩壊し、履き古した靴のようにばらばらになりかけている理由なのだ。」
 洪水を抑えるための堤防や護岸壁が、川からの堆積物の供給を激減させ、土地が沈んでしまっているようです(堆積で作られた土地は水分が多いので、乾燥してくると急激にかさが減って、沈み始めるのだとか)。今では川底をドリルでえぐって砂と泥を浅瀬に積み重ね、ブルドーザーで平らに広げる努力(人工的な氾濫を作り出している)をしているそうです
 ……うーん……洪水や汚水などの問題に対処するために大規模土木工事を行って……今度はそれが生み出した新たな問題への対応を迫られている……複雑な気持ちになりますが、最初に行った大規模土木工事も、人間にとっては必要なことだったことを思うと……仕方ないことなのかも……。
 そして「【第2部】野生の世界へ」では、絶滅しかけている魚を救おうとする「第3章 砂漠に生息する小さな魚」や、進化アシスト(自然淘汰で生き残れる丈夫なサンゴを人工的に育成する)が行われている「第4章 死にゆくサンゴ礁」などが詳しく紹介されます。これらも、土地開発や、化石燃料などによる地球温暖化などの人間の活動が原因で絶滅しかけているものを、人間が救おうとしている事例で……複雑な気持ちが加速されていきます。
 さらに「第5章 CRISPRは人を神に変えたのか?」では、Xシュレッダーマウスという「オスだけのマウス(X染色体を運ぶ精子がすべて欠陥を持つように遺伝子編集されたマウス)」を作ることで、害を与えるマウスを激減させる(いずれは繁殖可能なメスがいなくなり絶滅する)技術が紹介されていました……こんなことをして大丈夫なのかなーと不安がよぎります。
 さらに不安だったのが、コルバートさんも購入して試している「CRISPR細菌ゲノム編集&蛍光酵母コンボキット」(209ドル)。米国のオーディンという企業が発売している家庭用の遺伝子工学実験キットの一つなのですが、このキットを使うと、家庭で「薬剤耐性のある大腸菌」を作り出せるのです……この大腸菌は、アジアン・カープみたいに野生化しないのでしょうか……?
 そして「【第3部】空の上で」では、「第6章 二酸化炭素を石に変える」商売をしている会社(クライムワークス社など)が紹介されていました。二酸化炭素を空気から回収して水に溶かし、その高圧の炭酸水を地下に注入→火山岩と反応し鉱物化するという仕組みのようです。実は、二酸化炭素のほとんどは、なにもしなくても化学的風化で最終的に石になるそうですが、数十万年を要するその仕組みを、この方法では加速しているのだとか。
 さらに「第7章 ソーラー・ジオエンジニアリング」では、1815年のインドネシアのタンボラ山噴火で世界の気候が寒冷化したことをヒントに、「多量の反射性粒子を成層圏に投げ込んで地球に届く太陽光を少なくする」というソーラー・ジオエンジニアリングが紹介されていました。このことで青空を白くする……これが本書のタイトル『世界から青空がなくなる日』につながっているようです。
『世界から青空がなくなる日:自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』……人と自然が交わるとき、科学に何ができるのかについて深く考えさせてくれる本でした。
 良かれと思って何かを行うと、思いがけない副作用が出ることもある……人間の社会には本当によくあることで、とても残念ですが、最初から将来のすべてを予測して、副作用のない完璧な仕組みを作ることは、不可能なのではないかとも思います。さまざまな問題を多面的に検討した上で行動し、それによって思いがけない問題が発生してしまったら、可能な限り自然の摂理を活かせる方向(害悪がもっとも少ない方向)に進めるよう知恵を絞って、その都度対処していく……それを心がけていきたいと思っています。
「過去に例のない世界の、過去に例のない気候」に直面している私たちは、これからどうすべきかを考えさせてくれる本でした。
「川に電気を流し外来種のコイを操る電気バリア」や「二酸化炭素を石に変える」現場を訪ねて、ドキュメンタリー形式で描かれているので、実態がありありと分かって、とても興味津々、どんどん読み進められました。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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『世界から青空がなくなる日』