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第1部 本

社会

水辺の小さな自然再生(中川大介)

『水辺の小さな自然再生: 人と自然の環を取り戻す』2023/12/12
中川 大介 (著)


(感想)
 北海道で地域住民たちの手で行なわれている『水辺の小さな自然再生』。「手づくり魚道」などの取り組みを紹介しながら、地域の人々にとって身近な自然やそれと結びついた風景はどんな存在なのか、地域の力でそれを取り戻すことの意味は何かを問いかけている本です。
「序章 変貌した故郷の風景」では、2011年3月の東日本大震災から10年後、海岸線が灰色の巨大な防波堤で縁取られ、すっかり変貌してしまった故郷・岩手県釜石市の住民たちが、巨大な防災施設に守られる安心感と、「海とともにある暮らし」が遠ざかってしまった喪失感のはざまで揺れ動きながら、懸命に前を向こうとしている姿が描かれます。不便さを受容しつつ、自然の恵みと災厄の双方を受け止め、自然と折り合っていくことはできるのか? ……どのように自然と共生していったらいいのかが、この本のメインテーマです。
「第1章 小さな自然再生との出会い――三郎川手づくり魚道ものがたり」では、北海道・釧路地方の浜中町の「三郎川手づくり魚道」の次のような事例を、ドキュメンタリーのように詳しく知ることが出来ました。
「(前略)浜中町では「生き物の豊かな川を取り戻したい」と願う酪農家たちが、NPO(非営利団体)などと協力し、自ら動いて役場から許可を取り付け、流域の漁業団体の了解を得て、資金を用意し、専門家に設計を依頼して、魚道をつくり、維持してきた。」
 ……自然の豊かさの象徴のような北海道の農業ですが、実は「大がかりな自然改変の上に成り立って」いるのです。浜中町では川べりの木まで切られて牧草地化、牛糞などもあって下流の風連湖は水質ワーストワンになるなど、水質や環境が悪化していました。
 そんななか浜中町の酪農家たちは、人にも牛にも自然にも無理のない酪農の在り方を模索して、農地と川との「緩衝地帯」となっている河川の森林の役割を見直したのです。
 彼らは「緑の回廊づくり(河畔の耕作不適地に自分たちで樹木を植える→土や廃棄物の川への流入を防ぎ落ち葉を供給する)」を始め、さらに三郎川に手づくり魚道を設置して、川の環境を復元することを目指しました。
「三郎川環境保全活動事業計画書」の事業内容は、次の通りです。
1)魚道の設置
2)協働作業による河川環境保全に関する啓蒙普及活動(植樹、清掃)
3)モニタリング調査(魚道の効果、魚類・植物・鳥類・哺乳類・昆虫の調査)
   *
 でも「川」は彼らの前だけを流れるわけではありません。上流や下流、さらには海まで、管理者や利害関係者が大勢います。彼らは自ら積極的に動いて、一つ一つの問題を解決していき、ついに2008年9月下旬、魚道設置作業を開始。魚道は完成し、幻の魚となっていたイトウが増えるなど自然環境の改善にも効果が出ています。
 その成功の一因となったのは、関係者への依頼が具体的だったことにもあるようです。次のように書いてありました。
「(前略)魚道を手づくりして川の環境を復元するという全体像、つまり「大きな絵」を最初から示すのではなく、河原さんは「これを手伝って欲しい」と具体的に依頼をした。一方でキーマンとなる人は漏らさず巻き込み、無理は求めず、穴の開く部分は誰かが埋められるようにした。」
 ……また意外にも、「壊れることを目的とした」魚道として設計を依頼したそうです。「壊れる」不安が、むしろ環境への関心をもち続けることにつながる……確かに、そうなのかもしれません。
「魚道を設置して以降、住民たちは魚道を気にかけるようになった。雨が降ると心配で見に行くのである。「壊れる恐れがある」「手間がかかる」ものが、関心を引き付け、それが置かれた環境と人との「かかわり」を生む。「壊れる」魚道の設置は、酪農家たちの川への関心を大きく高めたといっていい。」
 ……もちろんそれだけでなく、耐用年数10年の魚道の大改修にも備えるよう資金集めの仕組みも作っています。
 素晴らしい試みで成果もあがっていたのですが……なんと2013年の豪雨で魚道が大きく破損。耐用年数10年の予定の維持管理費では、とうてい足りないという事態が発生してしまいました。それでもこの時は、三郎川環境保全活動の運営団体「えんの森」が受けた助成金100万円で、新規に「導流堤」を作ることで補修できたそうです。
 そして今……15年の歳月で、維持管理が困難な状況に再び直面しているそうです。施設のハードの老朽化以上に、維持管理に関わる人の減少というソフトの問題が大きいのだとか……この現状も含めて、「住民主体で行う自然再生」の素晴らしさと困難さを、まざまざと知ることが出来る事例でした。
 そして「第2章 広がる小さな自然再生」では、「北海道・美幌町 駒生川に魚道をつくる会」などの、他の複数の事例も知ることが出来ます。
手づくり魚道などの小さな自然再生でも、自然界全体に良い影響を及ぼしているようです。次のように書いてありました。
「障害を越えて魚が川の上流まで上れば、魚を餌とする猛禽類や、ヒグマなどの哺乳類の餌も増える。駒生川の上流部では魚道設置以降、オジロワシが確認され、サケ科魚類の遡上期にはヒグマが現れるようになった。魚を介した生き物のつながり、自然の「環」が結び直されているのだ。」
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 このように素晴らしい効果をあげてきた「小さな自然再生」。ただ……手づくり魚道などは、最初に作るときも大変ですが、その時の熱意ある人々が老齢化していくのに伴って、いかに長期的に維持していくかが大きな課題になるようです。……もしかしたら、この活動を「祭り化」することが効果的かも、と思ってしまいました。
 札幌の月寒川では、年1回の「にぎわい川まつり」で、「子どもたちが専門家と一緒に生き物にふれ、魚を釣り、チューブの浮き輪やカヌーで流れを下って、ひととき身近な川の自然に親しむ」ことが行われているようです。このような毎年の「川まつり」に、魚道の清掃・簡易補修作業を組み込むことで、周辺住民にはノウハウを保持し続けてもらえるでしょうし、そのノウハウを子どもたちに繋げられるようになるかもしれません。もちろんこの清掃・維持管理活動の後は、バーベキューや踊り、花火など普通の「祭り」になだれこむわけですが……(笑)。
 さて、国の治水方針も最近は、従来の「水を速く流す」こと重視ではなく、流域に「ためる」「とどめる」「そなえる」ことでピーク流量を減らし、水害を軽減しようという方向へ変わりつつあるようです。次のように書いてありました。
「国土交通省は2020年、気候変動を踏まえて新たな水害対策の在り方として、「流域治水」への転換を打ち出し、翌2021年には流域治水の実効性を確保するための関連法の改正案が国会で成立した。(中略)
 より分かりやすく言えば、「ダムや堤防で河川の中に洪水を閉じ込める『河川閉じ込め型』洪水対策から、溢れることを許容し、水を集めて来る『集水域』や、人びとが暮らす『氾濫域』までふくめて洪水が広がることを許容したうえで、行政だけでなく事業者や住民も含めたあらゆる人たちがかかわる対策」である。」
 ……国民の高齢化&若年人口減少のなか、気候変動が激甚化している現在、この方針転換はとても現実的だと思います。
 地域住民自らの力で「水辺の小さな自然再生」を行うことは、今後も増えていくのかもしれません。そのために参考になる情報をたくさん読むことが出来る本でした。
『水辺の小さな自然再生: 人と自然の環を取り戻す』……みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
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『水辺の小さな自然再生』