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第1部 本
生物・進化
「利他」の生物学(鈴木正彦)
『「利他」の生物学-適者生存を超える進化のドラマ (中公新書 2763)』2023/7/20
鈴木 正彦 (著), 末光 隆志 (著)
(感想)
植物学者と動物学者がタッグを組んで、生物の「利他的」な行動に深く迫っていく本です。カギとなるのは「共生」という戦略……互いの強みを融合し、欠点を補い合いながら自然淘汰に打ち克っていく生物たちの生き方を紹介してくれます。
利他的な行動とは、「特に自分にメリットが還ってくるのを期待するわけでもなく、誰かを助けるためにとる行動のこと」で、例えば、動物に見られる集団内助け合い(危険な場所に立つ見張り役など)や、母親の子どもに対する愛情、血縁関係の大人が子供を守るなど、さまざまなものがあります。
本書ではこのような利他的な行動の一つとして、「共生」をとらえているようです。
とても興味深かったのは、リン・マーグリスさんが『真核生物の起源(1970)』に記した細胞内共生説。その概要が次のようにまとめられていました。
1)最初の生命体である原核生物が現れたことの地球(およそ35億年前)の環境には、酸素がなかった
2)そのような環境下で、環境中の物質に含まれる化学エネルギー(還元力)を利用して有機化合物を蓄えるものが出てきた(化学合成)。さらにエネルギーを補助的に利用できるものも出てきた(嫌気的光合成)
3)硫化水素を分解して嫌気的光合成を行う初期の光合成細菌のなかから、光エネルギーにより水を分解して有機化合物を合成する細菌(シアノバクテリア)が現れた。その結果、酸素が多量に生み出され、急速に大気中の酸素濃度が上昇した。
4)同じころ、基質(酵素の作用で化学反応をする物質)を酸化してエネルギーを得る反応系(呼吸反応)を持つ生物が現れた(好気性細菌)。
5)多量の酸素が大気中に出現したため、酸素を利用できない生物の内部に好気性細菌が取り込まれ、ミトコンドリアになった(細胞内共生)。
6)真核細胞が誕生する。真核細胞に、運動能力のあるスピロヘータ様の細菌が取り込まれ、共生した結果、「鞭毛」が発生した。
7)鞭毛を持つ生物にシアノバクテリアが取り込まれ、共生した結果、葉緑体となった(植物の起源)。
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なお、これらの説は現在ではほとんど受け入れられていますが、このなかの「6」だけは否定されていて、鞭毛は細胞内にある微小管という組織が束ねられて突起として形成されたと考えられているそうです。
この説によると……生命の爆発的な進化は、「共生」で始まったのかもしれませんね! ミトコンドリアとの共生は20億年前に起こったと考えられていて、ミトコンドリアのおかげで、「余剰エネルギーが大量に得られたため、進化における様々な試みが飛躍的に可能になりました。」なのだとか!
でもミトコンドリアは、共生が始まってすぐに宿主による締め付けが始まって遺伝子が収奪され、多くの遺伝子が宿主の核のDNAに取り込まれてしまったそうです。そのためミトコンドリアはもはや単独では生きられなくなり、宿主のために働くしか生き残れなくなったのだとか……そう言われるとなんか申し訳ないような気がしてしまいますが……人間や生物の中には驚くほど大量にミトコンドリアがいるのだから……むしろ生き残り戦略的には、ミトコンドリアの大勝利と言ってもいいのでは?
また葉緑素の方も同じように……
「αプロテオ細菌が共生して核とミトコンドリアを含む真核細胞が形成されると、次にそのなかから葉緑体になる原核生物を取り込むものが現れました。この出来事が植物の始まりです。葉緑体が取り込まれたのは10億年ほど前だといわれています。これは、ミトコンドリアとの共生が始まってから、およそ10億年後の出来事です。
では、最初の植物は何だったのでしょうか? 一般的には、シアノバクテリアの祖先が真核細胞に取り込まれて共生し、灰色藻が誕生したといわれています。
灰色藻は、淡水に住む単細胞の藻類で、シアネレと呼ばれる原始的な葉緑体を持っています。」
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また動物の中には、次のような戦略を使っているものもいるそうです。
「動物のなかには、食べた物の一部分を消化・分解せず、それらの機能を残したままで、自分の生存に役立てているものがいます。このような事例は「盗」を接頭語につけて呼ばれています。
たとえば、ウミウシの「盗葉緑体」とは、接触した葉緑体を体内に貯めて、光合成を行うことです。(中略)
「盗」と聞くと、何か悪いことをしているように思えますが、そのような人間の価値観は生物の生存競争には適用しません。利用できるものは何でも利用するというのが生き残りの条件なのです。」
「これら「盗」のつく現象のうちで、共生であると考えられる例は、ウミウシとシアノバクテリア由来の葉緑体の共生(盗葉緑体)や、フグなどと腸内細菌の共生(盗毒)です。それらの共生の初期過程は、「食べる→食べられる」関係から始まったと思われます。」
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そして人間の「共生」の例としては、ヒトには消化できない食物繊維の分解を担っている腸内細菌(腸内フローラ)が、次のように紹介されていました。
「腸内細菌や腸内フローラは健康面だけでなく、脳と密接に関係しており、感情面にも影響していることが知られています。そもそも“脳”は腸の先端部分が進化した器官とも言われており、脳と腸が密接な関係を持っていることは不思議ではありません。腸には腸管を取り巻く腸管神経系があり、腸管神経系は五〇〇〇万個の神経細胞から成り立っています。そして、腸管神経系は迷走神経系と密接につながっており、さらに迷走神経系は脳にもつながっています。
それゆえ、感情の起伏やストレスが、胃や腸などの消化管内の分泌にも影響するのです。」
……えー! 脳と腸はそんなにも密接に関係していたんですか……驚きでしたが、なんとなく納得もしてしまいました……。
『「利他」の生物学-適者生存を超える進化のドラマ』……「共生」を中心に、生物学や進化について詳しく解説してくれる本でした。この他にも、「植物の九割は何らかの菌根菌と共生している」など、生物たちの生き残り戦略の事例が多数紹介されていて、とても興味津々に読み進んでいるうちに、生物学や進化についても学べてしまう、とても素晴らしい本だと思います。みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
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