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第1部 本
社会
薬害とはなにか:新しい薬害の社会学(本郷正武)
『薬害とはなにか:新しい薬害の社会学』2023/3/27
本郷正武 (編集), 佐藤哲彦 (編集)
(感想)
薬害とは、医薬品による単なる健康被害を越えて、生活や人生を壊される経験、誰にでも起こりうる理不尽としか言いようのない社会的経験です。薬害をめぐる加害と被害の経験およびそれによって社会でなされたこと/なされなかったことを体系的に紹介してくれる本で、内容は次の通りです。
はじめに
第Ⅰ部 基礎篇
第1章 薬害の定義と薬害概念(佐藤哲彦)
第2章 薬害問題の構築プロセス(本郷正武)
第3章 薬害被害と再発防止策(花井十伍)
第4章 医療の不確実性と薬害(中川輝彦)
第Ⅱ部 各論篇
第5章 サリドマイド薬害──被害は障害者に対する排除と差別から始まっている(蘭由岐子)
第6章 薬害スモン──「病んでいる社会」の発見(田代志門)
第7章 薬害エイズ(1)──未知の病いの当事者となること(松原千恵)
第8章 薬害エイズ(2)──薬害と医師の経験(蘭由岐子)
第9章 薬害肝炎──感染と被害とは必ずしも同義ではない(種田博之)
第Ⅲ部 応用篇
第10章 薬害根絶への思いと薬害教育(中塚朋子)
第11章 薬害エイズ事件のメディア表象の分析(山田富秋)
第12章 制度化からみる薬害と食品公害(宇田和子)
推薦図書一覧
おわりに
参考文献
薬害年表
索 引
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この本で薬害の概念や、過去に起きた薬害の具体例などを総合的に知ることが出来ました。
なかでも参考になったのが、「第2章 薬害問題の構築プロセス」。「3 現代型訴訟」には次のように書いてありました。
「医薬品の服用による体の不具合が健康被害、すなわち「加害者」が存在する薬害であるという理解に結びつくことは、大多数の人にとって健康被害を受けた時点では想像が及ばないことである。まして、自分と同じような境遇に幾人もの人が置かれていると知るには、報道やSNSなどを介したとしてもすぐには到達しえない。(中略)そのため、薬害被害当事者たちに「自分が薬害被害者である」と認識してもらうためには、弁護士の助力が不可欠であり、訴訟のプロセスを経ることではじめて薬害被害者は「被害者」になっていった。
不可逆的な健康被害と生活全般にわたる被害を補償し、救済、謝罪してもらうために医療機関や医師を相手取った裁判を起こそうにも、被告側が強大であるため莫大な時間と費用と労力がかかる。さらに、薬害スモンや薬害エイズのように訴訟期間中に原告である被害者が数多く病いに倒れることを耳目にすると、心身への負担を懸念して原告団への参加に踏み切れない被害者もいる。しかし、裁判を経由しなければ、多くの患者や遺族が泣き寝入りさせられるばかりか、現行の薬事行政のあり方まで問いなおし、改変する段階には進めないことは、これまでの薬害問題に共通している。」
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薬害にまつわる紛争解決の課題には、次の5つがあるそうです。
1)検証:事の真相を明らかにする
2)再発防止:薬害の根絶
3)責任の明確化と謝罪:事実関係を認めて謝罪
4)恒久対策と補償・賠償:健康被害ならびに被害の回復
5)社会的制裁:行政処分や刑事裁判
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そしてこれまで起こったいくつかの薬害(薬害スモン、薬害エイズ、薬害肝炎など)の「社会問題開示型訴訟(現状の被害を社会的に訴える場としての法廷)」を通して、人々は薬害の深刻な問題を知り、薬害を防止・補償するための法制度が作られていきました。今では薬害教育も行われているようです。次のように書いてありました。
「薬害被害者たちが偏見や差別の渦中に身命を賭して裁判の原告になることで積み上げてきた薬害というリアリティは現在、厚労省が後押しする薬害教育の実施という形で制度化するまでに至った。こうして薬害概念が一般に普及・伝播することで、医薬品による健康被害に対する考え方も変化することが予想される。」
また「第12章 制度化からみる薬害と食品公害(宇田和子)」では、食品公害についても紹介されていました。
カネミ油症という食品公害事件では、炒め物や天ぷらに使われた油に混入していたポリ塩化ビニルやダイオキシン類が、吹き出物や爪のひび割れ、疲労などの健康障害を起こし、さらに母親から胎児に汚染が引き継がれて皮膚の黒い子が生まれるなどの深刻な被害を発生させています。
薬害と同じように食品公害でも、「生命と健康維持に欠かせないもので被害」が起きていますが、食品公害はある意味で、薬害よりも解決が困難な問題のようです。なぜなら病院で専門家が関わることが多い薬(カルテなどの記録が残っている)に対して、食事はきわめてありふれた行為で、何をどこで食べたのか被害者本人も覚えていないことが多い(記録も残りにくい)からです。家で食べた炒め物や天ぷら(の油)で深刻な健康障害が起こる……あまりにも恐ろしいことですね……(涙)。
薬害も食品公害も、いつ誰が被害者になってもおかしくない事件です(薬害は病院だけでなく市販薬でも起きています)。それなのに、両方とも被害者は、自らの健康が蝕まれるだけでなく、病気を発症したということで、周囲から「私に感染させないで」と阻害されるようになるなどの社会的な被害も受けて……とても辛い状況に陥ってしまうのです。
この本は、薬害がどんなものか、そしてこれまでに発生した薬害の被害者たちの努力で、薬害を防止する・補償するための、さまざまな制度が作られてきたことを教えてくれました。理不尽な被害を受けたときには、私も「社会問題開示型訴訟(現状の被害を社会的に訴える場としての法廷)」を起こす勇気を持ちたいと思います。
また薬害を起こすことになった薬を処方した医師たちも、病気を治すために(教科書通りに)処方したことで、結果的に患者さんを他の病気にしてしまったということのようで……薬害は被害者側だけでなく、加害側に立たされた方にも精神的ダメージが大きいようです。薬害や食品公害で「二度と被害者も加害者もつくらない」社会へと進めていくべきでしょう。
薬害について社会科学的観点から総合的に論じている本でした。コラムや推薦図書一覧、参考文献、薬害年表などもあり、とても参考になります。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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