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第1部 本
生物・進化
相分離生物学の冒険(白木賢太郎)
『相分離生物学の冒険――分子の「あいだ」に生命は宿る』2023/2/20
白木賢太郎 (著)
(感想)
個々の分子に注目する従来の分子生物学の見方を変え、「分子と分子のあいだ」まで視野を広げることで、生命を駆動する法則を探る、新たな生物学(相分離生物学)について語ってくれる本で、内容は次の通りです。
第1章 命は分子のあいだに宿る
第2章 1億倍の加速装置
第3章 二つのドグマ
第4章 生命は「溶かす」ことで進化した
第5章 溶液の構造をデザインする
第6章 レビンタールのパラドックス
第7章 プリオンの二つの顔
第8章 アミロイドはアルツハイマー病の原因なのか
第9章 タンパク質の宇宙
第10章 分子の群れを計測する
第11章 相分離スケールの野望
第12章 人工生命というアプローチ
第13章 細胞内はなぜ高濃度か
第14章 生きている状態の新たな理解
あとがき
参考文献
索引
*
「第1章 命は分子のあいだに宿る」には、次のように書いてありました。
「分子と分子の相互作用を主役にし、分子ではなく分子集合物を生命の理解の単位にする。このような見方による新しい生命科学を「相分離生物学」という。」
相分離生物学によれば、「生きた状態」は、細胞内の分子群が作るドロプレット(液滴)によって維持されています。ドロプレットはわずかな変化に応じて作られ、その中で化学反応を何万倍も加速したり、非常事態に備えたりしていて、無数の化学反応が細胞内で混線せずに進行しているのもドロプレットのおかげなのだとか。生きた状態は、絶え間なく生成・消滅するドロプレットによって分子の環境が精密に制御されることで実現しているそうです。
ビーカーでの実験は、生体では違う結果になることがありますが、それはドロプレットに関係があるのかもしれません。「第2章 1億倍の加速装置」には、次のように書いてありました。
「ビーカーの中に4種類の酵素をただ入れるだけでは、一部で一つ目の反応が起きても、その後反応中間体が水中に分散してしまう。そして、たまたま次の酵素がその反応中間体と結合したときに、二つ目の反応が進むというように、ランダムに道を探しながら進むことになる。
そうではなく、もし4種の酵素が水中でドロプレットを形成していたらどうなるだろう。(中略)
酵素がバラバラに水中に分散している状況と比較すると、ドロプレットを形成することで酵素活性はとてつもなく上がる。これが、細胞内で実際に起きていることなのだろう。」
このドロプレットの性質を理解することが、生物学だけでなく医薬分野でも重要になってくるようです。「第11章 相分離スケールの野望」には、次のように書いてありました。
「ドロプレットは特定の種類のタンパク質やRNAから構成された、流動性のある集合物である。ドロプレットの内部と外部では組成が異なるのだから、当然、誘電率や粘度などの溶液としての特徴も異なっている。すなわち、ドロプレットに溶けやすい分子は内部に入り込みやすいし、溶けにくい分子は入りにくいということになる。」
つまりドロプレットの性質によって、溶けやすい薬と溶けにくい薬ができるのです。次のようにも書いてありました。
「これからの薬はターゲットとなるタンパク質やDNAに結合するということだけでなく、ドロプレットの形成のしやすさや溶けやすさもあわせてデザインされなければならない。これが相分離生物学の時代に期待される新しい創薬の見方である。」
また「第13章 細胞内はなぜ高濃度か」でも、次のようなことを知ることができました。
・「(前略)タンパク質の基本的な性質として、1種類のタンパク質だけが溶けている場合には水溶液中に分散するが、複数種類のタンパク質や酵素、RNAなどの有機物質が含まれていれば液-液相分離によってドロプレットを形成しやすい。酵素がドロプレットを形成し、仮に複数の種類の酵素がそこに含まれているとすると、分散している場合よりも一連の反応が効率的に進みやすくなるだろう。」
・「酵素は水溶液に分散して単独で働くようにはできていない。第三成分と相互作用したり、ドロプレットを形成したりして働くのが酵素の本来の姿なのである。自身の状態を自在に変化させる液体は、酵素や身体に劣らず精密にできていると言えないだろうか。」
・「(前略)RNAは、タンパク質の配列情報の他に、ドロプレットの形成のしやすさである相分離性もコードすることで、タンパク質として現れる機能を制御していたのだ。タンパク質もドロプレットを形成することでオン・オフが制御されているが、その前のRNAの段階でもドロプレットを形成して機能制御されている。その結果、環境の変化に鋭敏に応答でき、必要となるタンパク質を速やかに合成できるのである。RNAもタンパク質と同じように、分子があるかどうかだけではなく、さらにドロプレットを作っているかどうかなど、状態についても調べ、多層的に理解する必要があるだろう。」
また「第14章 生きている状態の新たな理解」でも……。
「(前略)mRNAが存在していても、ドロプレットを形成していれば存在していないに等しいということである。この機能のスイッチングは、分子の有無や構造ではなく、ドロプレットの形成で決まる。ドロプレットは温度やpHなどがわずかに変わるだけで形成したり溶解したりするので、簡単に機能をスイッチできる。一方、RNA分子の有無で機能を制御するとなれば、機能をオンにしたいときにRNA合成酵素でmRNAを合成したり、逆にオフにしたいときにはRNA分解酵素で分解したりするなど、さまざまな酵素が働く必要があり、時間もかかる。
このような結果を見ていると、分子の有無だけでは、機能を完全には推定できないことがわかるだろう。」
……ドロプレットは「進化」にも大きな影響を与えているのかもしれないそうです。
専門用語が多くて、内容を完全に理解できたわけではありませんでしたが、とても勉強になる本でした。ここで紹介した以外にも、次のようなタンパク質の立体構造など、さまざまなことを学ぶことが出来ました。
「(前略)遺伝子からタンパク質合成までの流れを「セントラルドグマ」という。」
「(前略)タンパク質は勝手に折り畳まれていき、種類ごとに必ず同じ形になるのである。そして折り畳みが完了すると、さまざまな機能を発揮するようになる(活性を持つ)。タンパク質の多様な機能は、この「形」が担っているのである。この、「アミノ酸配列さえ決まればタンパク質の立体構造が1通りに決まる」ことを「アンフィンセンドグマ」という。」
……タンパク質やDNAの構造を知るだけでは、生命体をきちんと理解することはできず、生きている状態を知るためには、絶え間なく生成・消滅するドロプレットを理解しなければならない……考えてみれば当然のことのような気がしますが……やっぱり生物学は「単純化されたモデル」だけでは説明できない奥深いものなんだなーと痛感させられました。
相分離生物学が進むことで、医療や創薬なども、より安全で効果的な方向へ進んでいくことを期待したいと思います。
とても興味深くて勉強になる相分離生物学の本でした。興味のある方は、ぜひ読んでみてください☆
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