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第1部 本
生物・進化
禁断の進化史(更科功)
『禁断の進化史: 人類は本当に「賢い」のか (NHK出版新書 689)』2022/12/12
更科 功 (著)
(感想)
人類は他の生物より知能が高く、そのために文明を築き成功することができたと思われていますが、果たしてそうなのか……生物進化や人類史の大きな謎に迫っている本です。
「第1章 存在の偉大な連鎖」では、私たちが抱きやすい進化のイメージは間違っていることが、次のように示されます。
「私たちヒトに至る系統とチンパンジーに至る系統は、約700万年前(あるいは約600万年前)に分岐したと考えられている。ということは、約700万年前にヒトとチンパンジーの共通祖先がいたわけだが、もちろんこの祖先は、ヒトともチンパンジーとも異なる生物だ。
ところが、ヒトとチンパンジーの共通祖先が、チンパンジーと同じ姿をしていたという誤解は、今でも根強く残っているようだ。(中略)
つまり、いつも途中で、進化が止まってしまうグループがいるのだ。進化が止まったグループを置き去りにして、残りのグループは進化し続ける。そして、最後まで進化し続けた唯一のグループが、私たちヒトだというわけだ。つまり、ヒト以外の生物は、すべて進化が止まっているのだ。(中略)
こういう進化の結果、生み出されたさまざまな生物は、まさに「存在の偉大な連鎖」を形作ることになる。生物が下から上に向かって進化していき、途中で進化が止まったものが、その止まった時点における高さで固定される。そんなイメージだ。(中略)
もちろん、こういう進化の捉え方は正しくない。そして、ヒトとチンパンジーの共通祖先が、チンパンジーと同じ姿をしていた、という考えは、こういう間違った進化観につながるものなのだ。」
「さらに言えば、進化の道筋は一直線ではない。もし、「存在の偉大な連鎖」に従えば、鳥はヒトより下にいるはずだ。ということは、(中略)ヒトは鳥という状態を通り抜けて進化したことになる。でも、ヒトは鳥から進化したわけではない。ヒトと鳥には共通祖先がいて、そこから二つの系統が分かれた。その二つの系統は、何億年もかけて、それぞれヒトや鳥に進化したのである。」
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……うーん、確かに……チンパンジーとヒトとの間に共通祖先がいて、それぞれ独自にさらに進化していったことは分かっているものの、私自身にも、チンパンジーよりヒトの方が上位だとか、ヒトはサルから進化したとかいうステレオタイプな見方が残っていることに気づかされました。
そして「第5章 直立二足歩行の真実」では、一般的に言われている「樹上から草原へ降り立って二足歩行を始めたので人間になった」という説に、疑問が投げかけられます。もしかしたら木の上を二足歩行する類人猿が、人間になったのかもしれないそうです。
「ダヌビウス(注:約1160万年前にヨーロッパに棲んでいた直立二足歩行する類人猿)は類人猿のような綱渡りもできるし、私たちのような直立二足歩行もできるので、類人猿と人類の共通祖先は、ダヌビウスのような生物だったのかもしれない。」
「もしかしたら、1000万年前のヨーロッパには、木の上を直立二足歩行する類人猿がたくさんいたのかもしれない。(中略)
しかし、もしもそうだとすると、人類史は大きく変わってしまう可能性がある。人類は、チンパンジーに至る系統と分かれた後で、直立二足歩行を進化させたのではないかもしれないからだ。直立二足歩行をしている類人猿がたくさんいて、そのなかの一つの系統が人類になっただけかもしれないのである。
今のところ、人類最古の化石は約700万年前のアフリカのサヘラントロプス・チャデンシスとされている。(後略)」
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そして「第2部 進化にとって意識とは何か」になると、脳と意識の関係や、ヒトと機械の関係に関する科学的考察へ進んでいきます。これらもとても勉強になりました。そのごく一例をあげると、次のような感じ。
「小脳は複雑な組織ではあるが、大脳のように無数の選択肢を持つ一つのシステムではない。選択肢の少ないシステムが無数に集まったものである。そのため、小脳には意識が宿らないのだろう。」
「脳のなかで、とくにつながりの強い部分は、大脳の皮質と間脳の視床である。この部分(視床皮質系)では、さまざまな領域が多くの軸索で結び付けられている。近くの領域同士だけでなく、遠くの領域同士も結び付けられている。大脳皮質は視覚野や聴覚野など細分化した専門部位に分けられるが、それらはすべて統合されているのである。おそらく意識にもっとも関係が深いのは、この視床皮質系だろう。
もし、そうであれば、視床皮質系以外の部分は、意識にほとんど関与していないことになる。脳は大脳、間脳、小脳、脳幹の四つに分けられるが、そのなかで大脳の基底核や小脳と脳幹は、意識に関与していないのだ。」
「(前略)片方のニューロンの活動を変化させたときに、もう一方のニューロンの活動も変化すれば、二つのニューロンの間で情報が伝わっていると解釈できるわけだ。具体的には、視床皮質系の一部を刺激して、その影響が視床皮質系の全体に広がれば、情報が統合されていると解釈できることになる。」
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……脳には「情報性」と「統合性」という二つの重要な特徴があり、このうち「統合性」がヒトと機械の重要な違いを生んでいるようです。
ここでは「脳のエコーを聞く」ことで、脳波の複雑性が調べられ、それが「意識レベルの指標」になりそうだという研究など、興味津々な内容がたくさんあり、とても勉強になりました。……ただ、「意識」は少なくとも現時点ではまだ解明されていない問題なので、本書の「進化にとっての意識」に関しては、模索の途中経過という印象もありました。
そして「終章 愚か者たちの楽園」では、ヒトは遺伝子(例えば言語に関わるFOXP2)などの突然変異で、急にヒトになったわけではないはずだ、という次のような説明に説得力を感じました。
「一つの可能性としては、ヒトらしい行動に必要な遺伝子セットはずっと前から存在していて、ヒトらしい行動が進化したのは環境だった、ということが考えられる。」
「ヒトが文明を生み出して驚異的な種になった直接のきっかけとしては、(もちろんさまざまな要因が絡んではいるだろうが)気候が安定化したことが重要である。気候が安定すれば、ヒトに食べられる植物の側に自然淘汰が働いて、作物に適した特徴を進化させ、農業が始まりやすくなると考えられる。
いっぽう、文明を生み出すことを可能にする遺伝的な基盤は、すでにそれ以前から存在していた可能性が高い。そうでなければ、気候が安定したからといって、農業などを速やかに始めることはできなかっただろう。」
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……もしもそうなら、この遺伝的基盤はネアンデルタール人にも存在していた可能性もあり、現在の地球にはネアンデルタール人の文明が築かれていたかもしれないとか……その可能性は大いにあったと思います。なにしろネアンデルタール人の方が脳の大きさも、身体能力も私たちより高かったそうですから……。
人類の進化史に新しい見方を与えてくれる本でした。ただ……個人的には『禁断の進化史: 人類は本当に「賢い」のか』というタイトルほどの「禁断」感はあまり感じませんでしたが(笑)。とても参考になったので、みなさんもぜひ読んでみてください。
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