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第1部 本
生物・進化
「死んだふり」で生きのびる(宮竹貴久)
『「死んだふり」で生きのびる: 生き物たちの奇妙な戦略 (岩波科学ライブラリー 314)』2022/9/15
宮竹 貴久 (著)
(感想)
天敵から逃れるために動きを止めて「死んだふり」。でもそれ、意味あるの? 誰もが疑問に思いつつも真剣には研究されてこなかったこの難問に取り組んだ、「死んだふり」に関する国内初の入門書です。
……え? 「死んだふり」には絶対意味があるはず。だって身近なところにハエがいることに気づいて思わず撃墜するという行動に出るのは、ハエが「飛んで」いるときだと思いませんか? 視力がよい私たちヒトでさえ「動く」ものによく気づくのだから、ヒトほど視力がよくない捕食生物はもっと「動く」ものに反応するはず……と直感的には思いましたが……実験で確認したことはなく、この直感にまったく科学的根拠はなかったのでした……。
この本では昆虫学者の宮原さんが、「死んだふり」の意義をとことん追求していきます。
「死んだふり」をする生物は多いようで、哺乳類ではオポッサム、鳥類ではニワトリ、両生類ではカエルの多くの種類、魚ではなんとサメが「死んだふり」をすることで有名だそうです。多くの節足動物や昆虫も、もちろん「死んだふり」をします。
なお本書では、読者に分かりやすくするため「死んだふり」の定義を「外部刺激に対して一定の時間、動かなくなる独特の不動のポーズをとる行動」としているそうです。
そしていよいよ実験で科学的に「死んだふり」の調査を行うために、次のような測定基準となる「死んだふりスコア」を設定しています。
「一度つついただけで虫が死んだふりをすると、即座にストップウォッチを使って再び虫が動き出すまでの時間を測った。この時間がどれだけ深く死んだふりをしているかを表す値となる。一方、一度の刺激で死んだふりをしないときには、二度、三度と刺激を与えた。三度つついても死んだふりをしない虫は、死んだふりをしない虫と定義した。そしてその虫の死んだふりの値はゼロとした。」
その結果として、甲虫の実験では、「歩いているとき」「食べているとき」「動いているとき」「交尾したいとき」「お腹がすいているとき」「暑いとき」「大きく育てなかったとき」に甲虫は死んだふりをしにくい一方で、「休んでいるとき」「お腹がいっぱいのとき」「寒いとき」「大きく育ったとき」には死んだふりをしやすかったことが分かったそうです。
「やはり昆虫には活動モードと静止モードがあり、いったん活動モードに入った虫は敵に襲われると走って逃げ、静止モードにある虫は死んだふりをするのだ。」
そして「死んだふり」能力が高い個体はいろいろな面で有利で、特に他の虫と一緒に捕食生物の前にいるときには、圧倒的に助かる確率が高かったのです。
……ここまでは読者の私の予想通りだったので、やっぱりそうかと思っただけでした(笑)。でも、ここから先がどんどん面白くなっていくのです。
なんと「死んだふり」は遺伝するのです。同じ場所でつかまえたコクヌストモドキを選抜・育成していくことで、長い時間死にまねをするロング系統、死んだふりをしないショート系統を育種できた、つまり死んだふり行動には個体「変異」が見られ、その行動は「遺伝」するのです。
ところで虫の動きを活発にする物質には、オクトパミン、ドーパミン、チラミンなどがあり、逆に虫を非活動性にさせるのはセロトニンだそうです。
そこでこのロング系統、ショート系統を使って実験してみたところ、ショート系統の脳ではたくさんのドーパミンが発現、それに対してロング系統の脳で発現するドーパミンはとても少なかったのだとか。
またRNA解析では次のことが分かったそうです。
「解析の結果、死んだふりをするロング系統としないショート系統では、なんと発現の異なる518個もの遺伝子が存在した。もとは同じ集団から育種した虫だったが、十数年間、死んだふりの長さを育種しただけで500以上もの遺伝子に違いが生じていたのだ。そしてもっとも知りたかったこともわかった。両系統でとりわけチロシン代謝経路に存在するドーパミン関連遺伝子群において、大きな発現の差が見られたのである。さらにドーパミンの代謝経路が含まれるチロシン代謝系に存在する多くの遺伝子に系統間で有意に発現量が異なった。」
「脳内で発現するドーパミンに左右される死んだふりをする・しないという行動の差が、世界で初めてゲノムレベルで解明されたことになる。」
……へー、ヒトと同じように昆虫もドーパミンで活発化するんだ……。
さらに昆虫用のトレッドミルを使った実験で、ショート系統とロング系統には歩き方の違いもあることが分かったそうです。
「ショート系統の成虫はときどき方向を変えながら歩いているのに対して、ロング系統の虫はゆっくりとしか歩けないのだが、歩くときにはほとんど角度を変えずにまっすぐ歩く傾向が有意に高かったのだ。」
なんとこの結果は、他の種(ヒト、マウス、線虫)で研究した結果と同じだったのです!
「(前略)それぞれの種の歩行軌跡データを人工知能で解析したところ、ドーパミンが欠乏したヒト、マウス、線虫、昆虫(コクヌストモドキ)には、曲がる前にスムーズに速度を落とせないといった運動障害が共通して見られることを発見したのである。」
……うわー。「死んだふり」研究から、こんなことまで分かるよういなるなんて、なんか凄いですね!
この他にも、「死んだふり」とカフェインとの関係とか、振動と覚醒の関係とか、興味深い研究結果をたくさん読むことが出来ました。
また本書では、「死んだふり」には本当に意味があるのか? という素朴な疑問から、DNA解析まで進んでいく研究の経緯が、時間を追って具体的に紹介されているので、昆虫の研究って、こんな風に進んでいくんだということがリアルに分かって、とても興味津々でした。
楽しくて勉強にもなる、とても面白い生物の本でした。生物(とりわけ昆虫)が好きな方は、ぜひ読んでみてください☆
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