ちょき☆ぱたん お気に入り紹介 (chokipatan.com)
第1部 本
生物・進化
環境DNA入門(源利文)
『環境DNA入門: ただよう遺伝子は何を語るか (岩波科学ライブラリー 315)』2022/11/21
源 利文 (著)
(感想)
魚も、カエルも、そして私たちも、DNAを撒きちらしながら生きている……生きものたちが「そこにいた」痕跡、環境DNAが、生物研究の新たな扉を開きつつあることを紹介してくれる本です。
「DNA鑑定」というと犯罪捜査で使われる警察の科学捜査を思い出してしまいますが、この手法は生物の情報を調べることにも使えるそうです。次のように書いてありました。
「髪の毛などの他にも、尿や便はもちろんのこと、汗や涙にまでDNAが含まれている。つまり、我々は普通に生活しているだけで、さまざまな経路を通じて、自らのDNAを体の外に出しているのである。」
「本書では、このように環境中に存在するDNAから周辺に生息する生物の情報を得ようとする「環境DNA分析」に焦点を当て、そこから何がわかるのか、どのように役に立つのか、将来的な発展の方向性など、環境DNA分析にかかわる現時点での最新の内容を盛り込んだ。」
狭義の「環境DNA分析」は、日本とヨーロッパで独立にスタートしたそうです。
日本では2009年、源さんたちの研究グループが川や湖の水中からウイルスの遺伝子を回収し、環境中にどれほどのコイヘルペスウイルスが存在するかを調べる研究で始まりました。予備的な実験として、コイの水槽から採集した水の中のDNA濃度を測定してみたら、水槽の中に驚くほど高濃度のDNAがあったそうです。
同じころフランスでは、次のようなウシガエルの調査が行われていました。
「著者らは、欧州における外来種であるウシガエルを対象として、水中からその幼生(つまりオタマジャクシ)のDNAの検出を試みた。最初に行ったことは、特異的な検出法の確立である。このような実験では、対象種であるウシガエルのDNAは検出しても、近縁の他の種(非対象種)のDNAは誤って検出することのないようにしなければならない。彼らはそれをクリアにする実験系を確立した。」
この調査では、ウシガエルの生息する池のすべてで、少なくとも1つのサンプルからウシガエルのDNAが検出され、生息しない池からは検出されないという結果を得たそうです。
「つまり彼らは、対象とする種だけのDNAを特異的に検出できる方法を開発し、水槽実験によってその有効性を確認し、野外にも適用可能であることを示し、さらにDNAの量によって、対象種がどれだけいるかを評価できる可能性をも示したのである。彼らの研究は世界初にして、環境DNA分析のお手本のような優れた研究であった。」
ちなみに「環境DNA分析の手順」の概要は次の通りだそうです。
1)採水
2)ろ過(DNAを濃縮)
3)DNA抽出
4)PCRなどによるDNA検出
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源さんたちは、舞鶴湾(京都府)でのマアジの生息調査も行っていて、舞鶴湾全域での環境DNA分析では、漁港近くで異常値が検出されましたが、漁港の余計なDNA影響を除くように補正して解析した結果、魚群探知機で推定されたマアジの分布と環境DNAの濃度の間には、統計的に有意な偏相関があることが確認されたそうです。
また日本全国一斉採水調査(2017年夏)も行われ、次の結果を得たそうです。
「このサンプルとMiFishプライマーを用いて魚類の網羅的解析を行った結果、全部で1200種以上の魚種を検出することに成功した。(中略)一斉調査の実施によって、こういった1200種以上の魚の全国分布地図を描くことができたのである。」
……環境DNA分析は、今後の生物研究や環境調査で、とても役立ちそうですね!
また環境DNA分析は、過去の環境(生物の状況)を明らかにできる可能性もあるそうです。源さんたちは、東日本大震災における津波前後の生物相の変遷を把握するために、舞根湾(気仙沼市)で次のような調査を行いました。
「(前略)京都大学を中心とした研究チームは、舞根湾の堆積物コアサンプルの解析を行った。その結果、津波直後に観測されたクラゲの大発生と同期して、クラゲのDNA濃度が急増したようすが明らかになった。津波以前のクラゲのDNA濃度は低く保たれており、このことは、堆積物中のDNA情報から、津波前後の水中の生物の状況を推測できることを示している。」
また、もしかしたら環境DNAの「新鮮さ」を測ることも出来るのかもしれません。
「(前略)生体からのDNA放出後の時間の経過とともに、長い環境DNAが徐々にちぎれて短くなっていくため、長い環境DNAと短い環境DNAの比率が変化する。つまり、この方法を用いれば、環境DNAの分析に時間軸を取り入れられる可能性があるのである。同様に、核DNAとミトコンドリアDNAは分解速度が異なることが確認されているので、分解速度の異なる複数のマーカーを組み合わせることで、検出したDNAが放出されてからの絶対的な時間経過を知ることができるようになるかもしれない。」
環境DNAの分析で、いろいろな情報を得ることができるんですね!
新しい研究手法「環境DNA分析」について紹介してくれる入門書でした。とても参考になったので、生物が好きな方、環境問題に関心がある方は、ぜひ読んでみてください。
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