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第1部 本

社会

デマの影響力(アラル)

『デマの影響力 なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』2022/6/8
シナン・アラル (著), 夏目大 (翻訳)


(感想)
 ソーシャル・メディアは、そしてハイプ・マシンは、善なのか悪なのかかについて、事例や調査結果をもとに、幅広く検討・考察している本です。
「ハイプ・マシン」というのは、アラルさんの造語のようで、次のように書いてありました。
「(前略)私が「ハイプ・マシン」と名づけたその装置は、世界規模の通信ネットワークで私たちをつなぎ、一日に何兆という数のメッセージを運ぶ。ハイプ・マシンは私たちに様々なことを知らせ、楽しませ、考え方に影響を与えて行動を操る。そういうアルゴリズムによって動いている装置である。」
「ハイプ・マシンを動かすもの、それは金だ。人間をうまく操るほど、金は増えていく。精度の高い分析をし、魅力的な提案をして、狙いどおりに人間を操れば、それが大金を生み、マシンはさらに大きく成長するわけだ。」
 ところで本書のタイトルが『デマの影響力 なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』だったので、「デマ」が中心テーマだと思っていたのですが、「デマ」よりも「フェイク・ニュース」などが大きく取り上げられている上に、「ハイプ・マシン」の機能や影響力に関する話題がほとんどだったので、正直、「?」と感じずにいられなかったのですが、表紙をじっくり見たら、すごく小さい文字で「THE HYPE MACHINE」と書いてあったので、本書はもともと「デマ」ではなく「ハイプ・マシン」が主題の本のようです(まあ、フェイク・ニュースはデマの一種ではありますが……)。そういう意味では少し残念でしたが、最近のソーシャル・メディアに関して、とても幅広い情報(研究や事例)をもとに深く考察し、さらにはより良い社会への提言も行っている本だったので、とても参考になり読んで良かったと思います(600ページ近くある長大な本なので、読むのは大変でしたが……)。
 さて、フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、ユーチューブなどのソーシャル・メディアは、今や全世界に広まっていて、私たちのコミュニケーションに大きな影響力を持っています。すでに生活に必要不可欠なものとなっている便利なこれらのツールは、その一方で、膨大なデータを集めて、人々のプライバシーを脅かすものともなっていて、使い方次第ではとてつもなく危険なものになり得るのです。
「第1章 ニュー・ソーシャル・エイジ」では、2014年2月にウクライナのクリミア自治共和国議会議事堂にロシアの特殊部隊が突入し、クリミアがロシアの実効支配下に置かれていった実態が描かれています。そしてこの裏では、ロシアによる巧妙な情報戦争(ハイプ・マシンによる情報操作)も仕掛けられていたことが明らかにされていました。例えば、ウクライナ支持の投稿には「このアカウントは不公正だ」という虚偽の通報が大量になされたとか、部分的に真実で部分的に嘘の物語をつくりあげた、などなど……怖いです……。
 またアラルさんがツイッター社との連携で行った、オンラインでのフェイク・ニュース拡散についての初めての大規模調査の結果については、次のように書いてありました。
「この調査の過程で、私は科学者として、それまで知ったことのなかでも最も恐ろしい事実を知ることになった。(中略)それは、フェイク・ニュースが種類を問わず、真実のニュースよりもはるかに速く、遠くまで広がり、多くの人の心に深く浸透するという事実だ。(中略)ソーシャル・メディアでは、嘘は光の速さで伝わるが、真実は糖蜜が流れるくらいの速度でしか広がらない。しかも、ソーシャル・メディアを流れるあいだに情報は歪曲されていくことになる。」
 例えば、2013年にシリアのハッカーが広めたフェイク・ニュース(ホワイトハウスで爆発が起こりオバマ大統領が負傷した)では、株価が大きく変動してしまったそうです。偽物の情報で、本物の被害を起こすことが、簡単にできてしまうんですね……。
 ソーシャル・メディアは、進歩的な社会運動にも、テロにも利用されています。ハイプ・マシンは、何億、何十億という人をごく短い時間でつなぐことができる上に、何をすべきかも皆に瞬時に伝達できるので、集団活動に大きな影響を与えられるのです。
 その一方でテロリストたちも、秘密裏にコミュニケーションをとれるテレグラムを使って、テロ活動の連携に必要なコミュニケーションをとっていたことが分かっています。
 まさに「ハイプ・マシン」は、良いことにも悪いことにも利用できる諸刃の剣なのです。
「ハイプ・マシンは、国家や企業の目的に合うように操作されやすい。また、その気になれば個人でさえ、かなり自由に操作することができる。やりとりされる情報に手を加えることで世論を変化させ、人々の行動を変えてしまうことが可能だ。ハイプ・マシンの設計や、その使い方は、政府や企業のありかた、そして私たち一人一人の生活に大きく影響する。」
 そして、この「ハイプ・マシン」を、より良い未来社会をつくるために役立てるためには、次のことが必要だとアラルさんは語っています。
「危険のない素晴らしいニュー・ソーシャル・エイジを実現するには、政治家、ソーシャル・メディア企業、一般のユーザーの三者が、新たな社会秩序をどのようなものにすべきかを慎重に考えなくてはいけないだろう。必要なものは少なくとも四つある。」
 この四つとは、資金、プログラム・コード、社会規範、法律。
 資金、社会規範、法律はもちろんですが、「プログラム・コード」については、「アルゴリズムによるキュレーションには、ユーザーの選択肢を減らすだけでなく、ユーザーに偏った選択をさせる効果があるという研究結果がある」とか、「ソーシャル・メディアの推薦アルゴリズムは、ユーザーが多様なコンテンツ、多様な価値観に触れられるようにコードを作成すべき」ということが書いてありました。……これには同感です。
 また「ハイプ・マシンは社会運動に役立つ道具である。良いことにも悪いことにも利用し得る。透明性とプライバシーを両立させねばならないというジレンマも抱えている」という問題には、「差分プライバシー(個人は匿名にするが、データの解析は許すという方法)」を提案していました。これも良い方法のように感じます。
 さらに、フェイク・ニュースやデマの問題への対策としては、「まず難しいのは、情報が真実か虚偽かを誰が判定するのかということである」で、「対策としてまず考えられるのが、「ラベリング」である」とありました。
「たとえば、ツイッターは2020年の3月から「操作されたメディア」というラベルを使うようになった。高度なディープフェイクのほか、もっと単純な改竄された動画や音声にもこのラベルをつける。」……なるほど。これも有効な方法ですね!
 そして、「現在、ユーチューブ・コミュニティのガイドラインには「深刻な身体的、感情的、心理的障害につながる有害、あるいは危険な行為を含むコンテンツは、広告をつけるのにふさわしくない」と明記されている。「有害、あるいは危険な行為」には、「反ワクチン運動、エイズ否認主義運動など、健康、医学に関する有害な考え方を広めようとする発言や行動のほか、現に存在している深刻な疾患が存在しない、あるいはよくできた嘘であるとほのめかすこと」などが含まれる」そうです。
 この他、フェイク・ニュースの拡散を防ぐための教育プログラム(例:グーグルの「ビー・インターネット・オーサム」、ケンブリッジ大学「バッド・ニュース」など)や、フェイク・ニュースの拡散を防ぐための技術開発(機械学習のアルゴリズムでフェイクを見極める、信頼度を基に情報を評価する、その他)などもありました。
 そして本書の終盤には、次のように書いてありました。
「四つの要素、資金、プログラム・コード、社会規範、法律がすべて揃えば、未来は私たちの望むようなものになるだろう。消費者がこぞって現状の変革に関心を持ち、変わろうと努力する企業にだけ資金が流れ込むということになれば、企業は嫌でも変わらざるを得なくなる。つまり、未来を作るのは私たち自身ということでもある。ハイプ・マシンの生存は私たちにかかっているのだから、私たちがハイプ・マシンの運命を決めるのは当然のことだろう。」
……「ハイプ・マシン」の影響力について、じっくり解説・考察している本でした。より良い社会をつくっていくために、何をすべきかを考える上で、とても参考になったと思います。みなさんもぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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