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第1部 本
教育(学習)読書
海獣学者、クジラを解剖する。(田島木綿子)
『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』2021/7/17
田島 木綿子 (著)
(感想)
「田島さん、クジラが打ち上がったよ」電話1本で海岸へ出動。解剖は体力&スピード勝負、クジラを載せたクレーン車がパンク、帰りの温泉施設で異臭騒ぎ……国立科学博物館で20年以上、海洋生物を解剖(200頭以上)してきた研究者の田島さんが、海の哺乳類の生態の紹介とともに、七転八倒の日々を綴った科学エッセイです。
「1章 海獣学者の汗まみれな毎日」は、クジラではなくオットセイの話から始まります。
水族館が冷凍庫に保管してきたオットセイの死体80体を科博にもらえることになり、毛皮がしっかりしている個体は、はく製(獣毛はく製標本)にすることになった時の話。被毛を?く→塩蔵(水抜き)→なめし(ミョウバン液漬け)→縫い合わせという、はく製の作り方も興味津々でしたが、イルカのはく製を見かけない理由をはじめて知ることができました。
「オットセイの他、アザラシやアシカ、ラッコ、ホッキョクグマなど、被毛を持つ海の哺乳類であれば、はく製を作製できる。一方、被毛を持たないイルカやクジラ、ジュゴン、マナティをはく製にすることはとても難しい。作製できたとしても、本物とかけ離れたものになってしまう。クジラやイルカのはく製がほとんど存在しないのは、そうした理由からである。」
……そうだったんだ。
そしていよいよメインのクジラの話に。たまにTVでクジラやイルカが漂着(ストランディング)したというニュースを見ることがありますが、そういう時、海の哺乳類研究者はがぜん忙しくなるそうです。その理由は……
「海の哺乳類については、標本を集めることがきわめて難しい。必要な調査・研究を目的とした場合であっても、人間の都合で捕獲したり採取したりすることはとても困難なのだ。
そのため、現在では、基本的に海岸に打ち上がる個体(ストランディング個体)を標本や研究に活用することが、世界の共通認識となっている。だからこそ、国内のどこかでクジラやイルカなどの死体がストランディングしたという情報が入ると、すべての作業を投げ打って、現場に駆けつける必要がある。」
「海の哺乳類は、死体で漂着する場合が多く、時間が経てばその個体の腐敗が進み、病理解剖が難しくなる。さらに悩ましいのは、下で漂着したり、漂着したあと死んでしまった海の哺乳類については、地元自治体の判断で粗大ごみとして処理して構わないことになっていることだ。」
ということで……
「(ストランディングの連絡をもらってから)幸いにして地元の理解が得られ、写真で種が同定でき、ある程度の現状がつかめたら、その瞬間から私の頭の中で、「ストランディングそろばん」がはじかれ始める。つまり、予算の見積もりである。
それと並行し、現地調査へ行くことのできる人のリスト(科博スタッフだけでなく、全国のネットワークを駆使して経験者に打診)の作成から、調査道具や作業着の準備、運搬方法、飛行機やレンタカー、宿泊先の手配など、瞬時に判断して行動に移さなければならない。」
なかなか大変な仕事ですね! クジラは大きくて動かすのも体力勝負だし、臭いもひどいとか……好きじゃないと、やっていられませんね。
実は日本は、クジラ王国だそうです。
「現在、クジラの仲間は世界で約90種が知られている。その半分が日本列島の周囲に生息したり、または回遊したりしている。日本は世界に類のない「クジラ王国」なのである。」
……そうだったんだ。
ちなみに、もしも海岸でクジラを見つけたら、生きている場合は、地元の自治体か警察、消防署に通報(そこから水族館へ)、死んでいる場合は、地元の自治体と博物館または水族館へ連絡して欲しいそうです。(なお科博には、ストランディングした地域に関係なく、直接連絡を入れてもいいそうです。)
他にも、ストランディングの原因とか、原因調査のための解剖の方法とか、クジラやイルカの生態とか、興味深い記事が満載。
驚いたのは、大型のクジラの骨格標本の値段! 骨格標本の作製費用は、およそ1メートルにつき100万円で、1頭あたり1000万円ぐらいするのだとか! ……博物館で巨大なクジラの骨格標本を見上げたことがあり、凄い! 大きい! と感嘆したことがありますが……あれは、すごく苦労して作っていたんですね……。
大型クジラは、内臓も破格の大きさだそうです。
「たとえば、私の経験では、16メートル級のマッコウクジラを調査解剖した際、心臓から血液を体に送る大動脈は、消防士が消火に使うホースくらいの太さであった。」
鹿児島の海岸に14頭のマッコウクジラがストランディングした時に、各地の博物館から骨格標本としての保存希望が殺到したので、いったん他の場所に移動させようとしたら、すぐにトレーラーのタイヤがパンク&車体破損してしまったそうで、結局この1体以外は海洋投棄するしかなかったそうです。車体ごと壊してしまうとは……。
こういう10メートル越えのクジラの骨格標本を作るには、近くの砂浜に二夏ほど埋設し、微生物に骨を分解してきれいにしてもらってから、必要に応じて発掘するんだそうです。その様子も写真で紹介されていました……博物館で見た骨格標本は、こういう苦労の末に展示されていたのか……ありがたや。
そして最後の「7章 死体から聞こえるメッセージ」には、海洋プラスチックによる海洋汚染問題の他、いろいろ考えさせられることが書いてありました。
例えば、「ミャンマーのエーヤワディー川で、漁師とカワゴンドウ(イルカの仲間)が力を合わせて「魚を捕る」という伝統的な漁が行われている。」という一見ほのぼのとした話。
「カワゴンドウが船近くまで魚を追い込み、追い込みが終了すると、尾ビレを水面上で打ち振る。これを合図に漁師が網を水面へ広げ、追い込まれた魚を捕まえて、カワゴンドウはそのおこぼれをもらう、という流れである。
いろいろ調べてみると、カワゴンドウと一緒にこうした漁ができるようになるには、彼らと意思疎通ができるように訓練をしないといけないらしく、それには4~5年かかるそうである。
ここで不思議なのは、なぜイルカが漁師に協力してくれるのか、である。漁師に協力しなくとも、イルカだけで魚を捕まえることは簡単である。漁師に協力すると、かえって餌の魚の多くを奪われてしまうではないか。だというのに、人間に協力しているカワゴンドウの姿に感動してしまった。
クルーズ船から見たエーヤディー川周辺の風景はじつにのどかだったが、実際にはこの川も人間社会の影響で汚れ、餌となる魚が激減している。その結果、カワゴンドウは絶滅の危機に瀕しているのである。」
……そうなんだ……。イルカは賢いから人間と「お互いの得意分野を活かす」役割分担ができるんだなーと感心してしまいますが……なんとか今後も共存共栄で生き残っていけるといいなと願ってしまいます。川がきれいになれば、イルカだけでなく、人間自身もより幸福に生きられるはずですから……。
海獣学者の日常を知ることができる科学エッセイです。面白くて勉強にもなる素晴らしい本ですので、ぜひ読んでみてください☆
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