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第1部 本

脳&心理&人工知能

魚にも自分がわかる(幸田正典)

『魚にも自分がわかる ――動物認知研究の最先端』2021/10/7
幸田 正典 (著)


(感想)
 魚が鏡を見て体についた寄生虫をとろうとする!……「魚の自己意識」に取り組む世界で唯一の研究室が、動物の賢さをめぐる常識をひっくり返してくれる本です。
「はじめに」には、次のように書いてありました。
「魚類の自己意識に関する問題に取り組んでいるのは、世界でも我々の研究室(大阪市立大学理学部・動物社会研(通称))だけである。我々の研究成果は、これまでの常識と大きく異なり、魚の自意識、その他のいくつかの「賢さ」、そして「こころ」さえも、どうも人間とかなり近い面があることを示している。これまでの常識を正すときが来たのかもしれない。」
 ……これまで「鏡に映る像が自分であると理解する能力(鏡像自己認知能力)」は、ヒトを含む類人猿や、イルカ、ゾウ、カササギでしか確認されていませんでした。それが幸田さんたちの実験で、脊椎動物のなかでもっとも「アホ」だと思われてきた魚類にも可能だということが確認されて、世界の研究者たちを驚かせたのです。
「第一章 魚の脳は原始的ではなかった」には、実は、魚類とヒトの脳構造に違いがないことが書かれていました。
「魚類の段階ですでに大脳・間脳・中脳・小脳・橋・延髄と、脳は完成しているのである。そして、この6つの脳の構造は、魚からヒトに至るまで脊椎動物のなかで共通している。つまり、ヒトの脳の構造と魚類の脳構造は、なんと同じなのである。」
 ……そうなんだ。しかも魚にもヒトと同じように、錯視が起こっていることが実験で確かめられたそうです(エビングハウス錯視など)。さらに魚も、個体識別を相手の「顔」で行っているのだとか。
 そして凄く興味深かったのが、「第四章 魚類ではじめて成功した鏡像自己認知実験」。ここでは「魚にも自分が分かる(鏡像自己認知能力がある)」ことを、どうやって実験で明らかにしたかが具体的に紹介されていました。
 とても面白いと思ったのが、初めて鏡を見た魚(ホンソメワケベラ)の反応が、チンパンジーのそれと同じだったこと。初めて鏡を見たチンパンジーは、初日や2日目は攻撃するのですが、2~3日後には鏡の前で腕や体を振るなど普段しない変な行動をとるそうです。つまり鏡に映っているのが自分の姿だということを確認している(認識し始める)らしいのです。……これ、人間も同じですよね。
 これと同じような実験を、寄生虫に敏感なホンソメワケベラで実験すると、やっぱり最初は攻撃して、3日目ごろから妙な行動(鏡像が自己だと確認するような行動)を始め、その後、鏡と並行にゆっくり泳ぐ行動が見られたのだとか。
 そして寄生虫に似せたマークを体につけたら、鏡を見た後に体をこする行動をした……こうして、魚にも鏡像自己認知能力があることが、ついに実証されたのです。
 なるほど……と私はすぐに納得したのですが、世界の動物研究者からは批判が殺到したのだとか。「第五章 論文発表後の世界の反響」には、次のように書いてありました。
「たくさんの批判を受けた。我々の魚類の鏡像自己認知研究は、批判に応える実験によりさらに鍛えられることになった。ここでは、追加して行った実験を示すことで、科学的な態度に則った実験というのはどういうものか、を追体験していただければと思う。」
 この章では、批判に応える形で追加実験を行い、魚に鏡像自己認知があることを、より確かに証明してみせたことが詳しく紹介されていました。
 また、これまでの実験で、「霊長類以外の動物には鏡像自己認知がない」と結論してきた研究には、実験で使ったマークや、動物の特性に問題があったのではないかと指摘もしています。
 今回のホンソメワケベラの実験で使ったマークは寄生虫に似せたものでしたが、意味のない青や緑のマークを使った時には、ホンソメワケベラもマークを気にするそぶりを見せなかった(鏡像自己認知能力があるかどうか分からなかった)そうです。腕のない魚がマークを除去するのは大変なので、すごく不快なマークでなければ、スルーすることにしてしまっても仕方ないのではないでしょうか。
 またすごく賢いはずのゴリラも鏡像自己認知能力テストに失敗することが多いのですが、ゴリラ社会では相手を見ないのがエチケットなようで、そもそも鏡をなかなか見てくれないそうです。……「能力の有無」を判定する実験は、動物の特性をよく考えて設計しなければならないことを痛感させられました。
「魚にも自分がわかる」……もしかしたら魚にも「こころ」があるかもしれない……とても面白い研究で、興味津々でした。
「おわりに」には次の記述がありました。
「(前略)4億年前の古生代で、硬骨魚類に自己認識や他者認識能力、自己意識が進化し、それらの能力は陸上脊椎動物とヒトに引き継がれた、という筋書きが導かれる。「こころ」の起源は、魚にまで遡る可能性があるのだ。
 しかし、この考えは、現代の常識とは真逆である。この考えは本書では、「顔認識相同仮説」や「自己意識相同仮説」という仮説として提案している。これらの挑戦的な仮説は検証可能である。もちろん間違っているかもしれないが、その正しさはいずれ確かめられるだろう、と私は思っている。」
 ……人間だけが特別な存在なのではないことを教えてくれる本でした。魚の「こころ」の研究が、今後の動物やヒトの「こころ」の研究の進展にもつながっていくことを期待したいと思います。
 とても面白くて勉強にもなる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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