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第1部 本
音楽
響きをみがく(石合力)
『響きをみがく――音響設計家 豊田泰久の仕事』2021/3/5
石合 力 (著)
(感想)
東京・サントリーホールからハンブルク・エルプフィルハーモニーの音響設計まで。世界有数のコンサートホールの「響き」を手掛ける日本人音響設計家・豊田泰久さんが、いかにして究極の音を実現させたのかに迫るンフィクションです。
東京・サントリーホールが初めて完成した時、そのステージの斬新な形(ヴィンヤード=ぶどう畑型)に驚かされました。
ステージの後ろに客席がある! ……ってことは、あそこに座っていると、演奏中、他の客席の人から見られてしまうってこと? ……なんか、落ち着かなそう……。と、完全に観客側の視点だけから見ていましたが、あの形は、むしろ演奏者への影響が大きかったということを、この本で初めて知りました。
今では音響が素晴らしい世界最高のホールの一つと讃えられているあのサントリーホールは、なんと開館時は評判が悪かったのだとか! 開館時の「試し弾き」に加わったあるヴァイオリニストは、「オーケストラは、自分以外の楽器の音を聴きながら演奏する。でも、サントリーホールでは、ヴァイオリンのパートからはコントラバスの音が聞こえないんですよ。(以下略)」と語っていたそうです。ヴィンヤード型のサントリーホールの弱みは、「演奏者がホールの中央にいて、従来なら反射音を受け持っていた側壁がそばにないこと」なのだとか。……なるほど、確かにそうですね……。ホールの特性を知ったうえで、より美しい響きになるように、演奏者は弾き方を変える必要があるそうです。
現在では、世界の一流の音楽ホールはこのヴィンヤード型が多いようですが、それは響きだけでなく、座席数を多くするという現実的な目的もあるようでした。従来型(シューボックス型)との違いは、次のような感じです。
「ステージ正面から後ろに向かって客席が広がるシューボックス型では、後方の座席では指揮者や演奏者が遠くなり、聴こえる音量は前方席より小さくなる。指揮者は常に聴衆に背を向けた形となり、視覚面でも面白みにかける。舞台両袖のバルコニー席では、ステージを見るために身体を斜めにする必要がある。二列目以降の席だと、ステージの多くが死角となる。客席数を増やそうとホールの横幅を広げれば、音響の豊かさに直結する「初期反射音」が十分に得られない。
一方のヴィンヤード型では、客席をグループに分けて、壁で囲い、その壁から初期反射音が届くため、理論上は、より多くの席で豊かな響きを楽しめることになる。同じ敷地の広さであれば、ヴィンヤード型の方がより多くの聴衆を入れることが可能になる。それは、いずれも興行面でオーケストラや主催者にとって好ましい結果となる。」
ヴィンヤード型には、いろんな利点や欠点があったんですね……。
豊田さんにとって「音響のいいホール」とは、「残響と初期反射音が豊かに混じり合ったホール」で、次のように考えているそうです。
「デジタル時代の聴衆は、デジタル録音で全部クリアに聴いている。(中略)ところが、実際のコンサート会場に来て奏者が演奏しているのに、その音がもやもやして聞こえない、というのでは困るわけです。(中略)私が目指しているのは、ステージの上で聞こえるべき音はすべて理想的に聞こえるべきだということなのです。一方で豊かな音も欲しい。クリアな音と豊かな音はたいていの場合、両立しないのです。それを両方とも高いレベルで実現させたい。」
……スタジオでのデジタル録音の演奏は「やり直し」が出来るけど、「一発勝負」のコンサートの場合には、小さな濁り(ミス)まで明瞭に聞こえてしまうホールで演奏するということは……ちょっと怖いかもしれません。
さて、音楽設計家の仕事というのは、大まかにいうと、次のようなもののようです。
「音響設計家の場合、ホールという楽器をつくるためにまず、設計、建築の段階で建築家とのやりとりがある。そうして「楽器」としてのホールをつくってもまだ「いい音響」は引き出せない。建物が完成した後に、指揮者、演奏家、オーケストラとのやりとりを通じて、そのホールがもつ最良の響きを探し求める作業がある。ホールを「弾きこなせる」限られたオーケストラ、指揮者との共同作業で時間をかけて探り当てていくものなのである。」
もちろん本書の中ではこのような概要だけでなく、響きをコンピュータシミュレーションするとか、シミュレーションだけでは解決できない問題(例えば時間遅れが強い反射音(ロングパスエコー)など)をチェックするためにステージの10分の1模型を作って実験を繰り返すとか、具体的な作業も紹介されていました。
また、豊田さんが設計にかかわった世界のホールについても多数紹介されています。なかでも次の「浮いている構造のホール(ドイツ・ハンブルクのエルプフィルハーモニー)」には驚かされました。
「主要部を占めるホールは12階から23階(座席部分は17階まで)。2100席の大ホールと、500席規模の小ホールがある。建物内には、ホテルと住宅もある。エルベ川を航行する運搬船の警笛音を遮断するため、ホールはそれ自体が独立した構造物になっており、スプリングを使って、建物の内部で浮いた状態になっている。大ホールの重量は約1万2500トンにも達する。地上からの高さ(111メートル)と公共部分の建築費7億8900ユーロは、いずれもコンサートホールとしては史上最高と話題になった。」
……ドイツ・ハンブルクには、そんな凄いホールがあるんですね。
ところで、音楽ホールというのは、完成時の「こけら落とし公演」を大々的に行うので、「ホールの完成=響きの完成」なのかと思っていましたが、決してそんなことはないそうです。
「コンサートホールという「楽器」をつくることは、ホールという建物の完成によって終わるのではない。むしろ、そこからが始まりとなる。新たな音響空間に超一流の指揮者、演奏者を招き、彼らとの共同作業でその弾き方、鳴らし方をみがきあげていく。オーケストラのメンバーが室内楽などを通じて、アンサンブル力を高めていく。そうしたプロセスを積み重ねることで、優れた響きを持つホールという楽器は、初めて「名ホール」へと育っていく。」
……ホールの響きは、建築家+音響設計家だけで作るのではなく、指揮者や演奏者がそのホールを楽器として「美しく鳴らす」ことが必要だということを教えてくれる本でした。とても興味深い内容が満載なので、音楽好きの方はぜひ読んでみてください。次にコンサートを聴きに行ったとき、今まで以上に「コンサートホールでの演奏会」を楽しめるようになると思います☆
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