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第1部 本

 IT

デジタルエコノミーの罠(ハインドマン)

『デジタルエコノミーの罠』2020/11/25
マシュー・ハインドマン (著), 山形浩生 (翻訳)


(感想)
 インターネットは誰もが自由で平等な世界……というのが幻想に過ぎないことを、経済理論とデータで実証してくれるインターネット「不平等化」論です。
『デジタルエコノミーの罠』というタイトルだったので、ビットコインやPayPayなどのデジタル通貨の危険性を教えてくれる本かと勘違いしてしまいましたが(汗)、もっと大きな「デジタル経済」に関する本でした。
 インターネットは、これまで通信と経済生活を民主化していると信じられてきましたが、それは理想化されたインターネットへの根拠なき信仰にすぎず、私たちが日々使っている現実のインターネットは、残酷なまでに株式市場の現実と類似しているそうです。
 株式市場は「集中」しています。そして市場の構造全体は、驚くほど一貫しているそうです。アメリカの公開企業はおよそ1万社ありますが、トップ25社が時価総額のおよそ4分の1を構成し、上位の会社がおおむね安定しているのに対し、下位の会社ははるかに不安定になります。上位に成長できるほど幸運だった企業は、そのリードを維持する可能性が高く、下位の株はさらに価値を減らしつづけるリスクが高いのです。
 このような株式市場の振る舞いは、インターネットのデジタル観衆にも同じように見られるそうです。つまり「規模が安定性をもたらす」のです。デジタルメディアは、多くの人が想像しているのとは違って、小規模生産者に有利には働かず、お金、職員、データ、計算力、知的財産、固定した観衆をもつサイトが有利なのだとか。……なるほど。考えてみれば、当然のことでした……。
 私たちはあらゆるサイトを見て回って比較検討するほど暇ではありません。ふだん見に行くサイトはだいたい固定され、しかもそこの更新が少ないと感じればすぐに巡回ルートから落としてしまう……この本で指摘されているデジタル観衆の姿は、まさに私自身でもありました。
 数ミリ秒の読み込み速度の遅れがアクセス数の激減につながり、これは、しだいにすさまじいアクセス格差になっていきます。そしてそれが収益性を通じ、回線やサーバへの投資、サイト改善やソフト開発への投資の差につながって、先行者の優位性がどんどん絶対的なものへとなっていくそうです。こうしてグーグル、フェイスブック、マイクロソフト、アマゾン、アップルのような企業は、どんどん巨大化していくのです。
 しかも彼らは努力も続けています。アクセス数を増やすために巨額の投資を行い、さまざまなA/B試験を積み重ねて、「どんな試みに効果があるのか」を調べ、そこに資源を集中していくのです。
 彼らは、ポータルサイト運営やバンドリング(製品をパッケージ化)戦略を使って、規模を大きくするだけでなく、デジタル観衆の訪問(利用)が無駄になるリスクを減らします。さらに他への切り替えを面倒に感じさせることで彼らの私たちの粘着性を上げ、優位性をさらに安定化させていきます。
 ちなみに「粘着性」というのは、企業が利用者を引きつけ、長く滞在させ、何度も戻ってこさせる能力で、これは永続複利のインターネット利率のようなものだそうです。初期の成長におけるわずかな優位性が、巨大な長期ギャップにつながる……粘着性の違いは、累積するのではなく累乗され、デジタルの生き残りは、この粘着性に左右されるのです。
 少し意外だったのは、私たちは記事のコンテンツの質よりも、量を重視しているということ。デジタル観衆を惹きつけるのは、速度とサイトデザイン、人気トップ表示や推薦システムの影響が大きく、コンテンツに関しては、記事の質の高さより、数の多さと更新頻度の方を重視している……うーん、確かに……。私自身、ポータルサイトのニュース欄は毎日必ず見に行くものの、見ているのはほぼ「タイトル(記事の短い要約)」だけで、よほど興味のあるジャンルでない限り、記事本体まで閲覧しません。しかも途中で読むのをやめてしまうことさえあります。
 こうした私たちデジタル観衆の行動は、ニュース記事を書いてきた新聞社や、地方ニュースサイトの経営状況を悪化させていくことに繋がっているそうです……これは将来、さらに深刻な問題になっていくのかもしれません。
 私自身も、現在のニュース記事の書き手の「正確性・中立な態度・迅速さ」を信頼しているからこそ、ポータルサイトで表示されるニュースの項目をざっと眺めるだけで満足していられるわけで……高報酬のプロの記者さんたちが調査して書いている記事が、低報酬のアルバイトの書く憶測記事ばかりになってしまったら……そんなニュース一覧に価値がなくなるのは言うまでもありません。でも、私たちが記事の内容を精査していない以上、いつの間にか発生している記事品質の低下に気づくこともなく、無価値になった憶測記事の一覧を見続けてしまう可能性を否定しきれません……。こういう事態を招く前に、私たちはニュース記事に適正な費用を支払うべきなのかもしれません。憶測記事やフェイクニュースを排除し、高品質な記事を守っていくために。
 この本は、こうしたさまざまな「デジタルエコノミー」の問題を、理論モデルと実証データの両方で明らかにしてくれます。
 現在、グーグル、フェイスブックは、応答速度を上げるべく、ヘタな国家予算を上回るすさまじい物理的な設備投資を続けているそうです。……すでに、小規模事業者が競争できるような相手では、もちろんなくなっています。
 この「圧倒的に持続的な市場支配力をもつ」に至っているグーグル、フェイスブック、マイクロソフト、アマゾン、アップルへの集中は、今後も続いていくのでしょう。これらの企業は、その気になれば、故意に「検索結果から排除する」「応答速度を遅くする」ことで、競争相手を社会(インターネット)から排除できる力を、すでに持ってしまっているように感じます。
 このことは、経済、政治、ニュース、さらに国家安全保障について、どんな意味をもつのでしょうか。インターネットの巨人企業のすべてがアメリカ企業……日本社会の根幹に関わる部分の一部を、すでに彼らに握られているような気がして、いまさらながら怖くなってしまいました。
 ここで参考になるのは、もしかしたら中国のインターネット戦略なのかもしれません。中国の金盾は、国内メディアを抑えるための政治コンテンツをフィルタリングするもので、インターネットの民主的な自由さを損ねるものですが、少なくとも中国独自のインターネット世界を創り出してはいます。中国政府は「オンライン行動をモニタリングして、集団行動を制限すべく介入」しているので、この戦略や仕組みをそのまま日本に取り入れるべきでないことは明らかですが、グーグルなどの巨大IT企業とは共存しつつも、彼らが消えてしまっても、問題なく動き続けていける仕組みを構築していくべきではないでしょうか。どんな巨大企業であっても、突然「倒産」する可能性があるはずですから……。
 民主主義を守り、アメリカとの協調関係を保ちつつ、グーグルなどの巨大IT企業にはあまり頼らなくても快適に生活できるよう、インターネットの中核部分を日本の手に取り戻すことが、今後、日本の政治、経済、そして安全保障の上で重要になっていくのではないでしょうか。
 自由で、誰にでもチャンスがあるという幻想を抱かされてきたインターネットの世界は、いつの間にか「規模の経済」に支配され、このままでは「不平等」が加速していくばかりで、もしかしたら民主主義をも破壊してしまうかもしれない……少数の巨大デジタル企業に支配されていく「デジタルエコノミーの罠」を逃れる方法はあるのか、真剣に考えていく必要があると考えさせられる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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