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第1部 本
社会
AI世界秩序 米中が支配する「雇用なき未来」(李開復)
『AI世界秩序 米中が支配する「雇用なき未来」』2020/4/18
李開復 (著), 上野 元美 (翻訳)
(感想)
AIが世界中の富と雇用と税収を米中にかき集める一方、両国内ではAI独占企業が誕生し、貧富の格差が激化する。AI技術を獲得できなかった他国は、隷属の道を歩む……中国IT業界の先駆者が、来たるべき新しい世界秩序を考察している本です。
最近の中国のAI技術力の進展には凄まじいものを感じますが、それが本格的に始まったのは、なんと2016年3月以降なのだとか! 李さんは、「2016年3月にアルファ碁が伝説的な韓国人棋士イ・セドルに4勝1敗で大勝利を収めた」時が、「中国のスプートニク的瞬間」となって、中国がにわかにAI大流行時代に突入したのだと言っています。もし本当にそうだとしたら……まさに怒涛の突入っぷりですね。
現在のAIの隆盛を作り上げたのは主にアメリカですが、今後は中国が追い上げていくだろうと、この本の著者の李さんは予想しています。
「成功するAIアルゴリズムに必要なものは3つある。ビッグデータと演算能力と優秀なAIエンジニアだ。ディープラーニングを新しい問題に応用するにはこの3つが必要だが、いまの実用化の時代に核となるのはデータだ。演算能力とエンジニアがあるレベルに達していれば、アルゴリズムの全体的能力と精度を決める決定的要素はデータ量である。」
そして中国は、この「データ量」で今後、アメリカを圧倒していくのだとか。個人のプライバシーを尊重するアメリカに対し、中国人は利便性のためなら多少のプライバシー侵害を許容する傾向があるようで、それが今後のデータの質・量を高めていくだろうと言うのです。
「シリコンバレーの巨大企業は、自分たちのプラットフォームを使用するユーザのデータを蓄えているが、そのデータは、オンライン上のユーザ行動に集中している。つまり、検索や写真のアップロード、ユーチューブの動画視聴、何に「いいね」したかなどだ。だが、中国企業が集めているのは、リアルデータだ。何を、いつ、どこで、食べたり買ったり、あるいは移動したりしたのか、である。」
中国は、メールなどのコミュニケーションだけでなく、デジタル決済、サービスの予約などさまざまな場面でデジタル化が進んでいて、アメリカとは違う「インターネットの平行宇宙」にいるそうです。その基礎となった重要な要素は、モバイルファーストなネットユーザ、スーパー(多機能)アプリのウィーチャットの普及、モバイル・ペイメントなのだとか。
「中国はインターネットの平行宇宙を作り上げた。独自の材料と惑星系と物理法則をそなえた宇宙である。その宇宙空間では、大勢のユーザが安価なスマホでのみインターネットにアクセスし、スマホがクレジットカード代わりになり、デジタル世界と現実世界の入り混じる人口密集都市という恵まれた実験室が生み出された。」
「中国の平行宇宙はにわかに形成されたものではない。市場重視の起業家と、モバイルファーストなユーザ、革新的な「スーパーアプリ」、人口の密集した大都市、安価な労働力、モバイル決済、そして政府が支援する文化的移行があったからこそ実現した。(中略)中国のインターネット平行宇宙と現実世界との豊富な交流が、AI革命の原動力となる大量のデータを生み出している。平行宇宙の各次元(ウィーチャット、O2Oサービス、配車サービス、モバイル決済、自転車シェアリング)が新たなデータ層を付加している。現実世界の消費や移動の習慣を、前例のない粒度でマッピングしているのだ。」
この中国の「平行宇宙」は、さまざまな面でどんどん進んでいるようです。
「アリババは「シティブレイン」計画を主導している。「シティブレイン」とは、監視カメラ、SNS、公共交通機関、位置情報アプリなどからデータを取り込んで、都市のサービスを最適化するAI中心の巨大ネットワークのことだ。アリババ創業の地である杭州市当局と協力しながら、アリババは高度な物体認識・予測経路アルゴリズムを使用し、交差点の信号を絶えず調整し、交通事故の発生を検知する。試験利用期間中、複数の地域で車両の走行速度が10%向上した。アリババは、そのサービスを他都市でも導入する準備をしている。」
「アルゴリズムは、「フェイクニュース」を見つけるためにも使われている。偽の医療情報の場合、紛らわしい記事を読者に報告してもらう。データ・ラベリングを無料でやってもらうわけだ。トウティアオは、そのラベル付けされたデータをアルゴリズムに学習させて、世間に出回るフェイクニュースを識別できるようにした。トウティアオは、別のアルゴリズムにフェイクニュースを書く学習もさせた。その後、2つのアルゴリズムを対決させた。だますアルゴリズムと見抜くアルゴリズムが競った結果、両方が向上した。」
中国はAIの実用化の面で、驚くほど進んでいるんですね。この本を読んでいると、アメリカや日本のような資本主義社会は、もしかしたら今後は、「判断のもたつき」「利害の調整」のために、中国に太刀打ちできないのではないかと思わされてしまいます。政府がAIを強力に推進しようとしている中国では、自動走行車に関しても、すでに次のような状況にあるのだとか。
「交通事故で毎年26万人が死亡する人口13億9000人の国を運営するのだから、完璧を求めすぎるとかえってよくないと中国人は考える。だから、中国の指導者層は、欠陥のない自律走行車の完成を待つより、限定的な自動運転機能を持つ車を管理された環境で走らせる方法をさがすだろう。そうして車を走らせれば、データ収集は急激に進み、それに呼応してAI能力が向上するはずだ。段階的な展開のカギとなるのは、自動運転車専用道路の建設だろう。アメリカでは、既存の道路に合わせて自動運転車を作る。それは道路は取り替えることができないと考えているからだ。中国では、どんなものでも取り替えられるという認識がある。実際、地方政府はすでに高速道路を改修し、貨物輸送体制を再編成し、ドライバーなしの車に合わせた都市を建設中だ。」
「中国政府幹部は、既存の道路を自動運転車用に改造しているだけではない。自動運転技術を中心とするまったく新しい年を建設している。北京の南約100キロのところに、静かな村が集まる雄安新区がある。中央政府はその一帯に、先端技術と持続可能性のショーケースとなる都市の建設を命じた。インフラ整備費用は5830億ドル、人口はシカゴとほぼ同じ250万人に達すると見込まれている。(中略)雄安は、自動走行車のために建設された世界初の都市となろうとしている。」
しかも政府が強力に後押ししているだけでなく、各中国企業は厳しい競争の中で必死に努力を続けているようです。
「私の見るところ、中国のIT企業は現実世界で汗をかくことをいとわない。それがシリコンバレーとの違いだ。アメリカのスタートアップは、自分が知っていることにしがみつきたがる。つまり、情報交換を促進するきれいなデジタル・プラットフォームを作ることだ。そうしたプラットフォームを実際に使用するのは汗を流して働く物売りたちだが、シリコンバレーの企業とはそことは距離を取り、事業の細かい実施計画には無関心だ。(中略)
中国企業にそんな贅沢は許されない。リバース・エンジニアリングでパクる気満々の競争相手に囲まれた彼らは、多額の投資をして、効率的かつ大規模に単調な仕事に取り組み、差別化を図らなければならない。彼らは、湯水のようにキャッシュを使い、大勢の低賃金の配達員を頼りに、自分たちのビジネスモデルを成功させようとする。」
残念なことに、この本には「日本」はほとんど登場しません。日本はもはや中国の競争相手ではなく、中国はアメリカしか見ていないのかもしれません。
日本は中国と同じアジアの国ですが、同じ資本主義の国として、アメリカの戦略に近く、パクリは恥ずべきことで、個人のプライバシーは尊重されるべきだと考えていると思います。このことで日米両国は、中国にどんどん遅れをとってしまうのかもしれませんが、本来の未来の社会のあるべき姿としては、日米の方が正しいのではないかと感じてしまいます。
中国は「誰のために」プライバシーを犠牲にし、猛烈に働いているのでしょう? そんなに急ぐ必要がどこにある? ……日本も一時期、世界中から同じように言われて叩かれていましたが……あの時の日本もやっぱり、長時間残業など日本人自身を犠牲にして繁栄していたような気がします。中国政府も「中国人自身の幸せ」、そして世界の幸せのために、もう少しスローダウンした方がいいのではないでしょうか……(負け犬の遠吠え?)。それに「中国人はアメリカ人よりプライバシーを気にしない(気質がある)」のではなく、単に「選択の余地がないから仕方なく」プライバシーを犠牲にしているのかもしれません。
また「現在のリアルデータ」が必ずしも、将来の望ましい社会を反映してはいないことも懸念されます。「現在のリアルデータ」の中に隠された差別や偏見がもしもあったとしたら、それがディープラーニングによって「ブラックボックス化」され、未来の社会を悪い方向のまま固定してしまうかも……中国ではそんなことが起こらないよう願っています。
ともあれ、AIは今後、間違いなく世界を再編成していくことになるでしょう。AI先進国・アメリカと中国の動向、とりわけ中国の壮大な実験を、今後も注目していきたいと思います。
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