ちょき☆ぱたん お気に入り紹介 (chokipatan.com)

第1部 本

医学&薬学

ゲノム編集からはじまる新世界(小林雅一)

『ゲノム編集からはじまる新世界 超先端バイオ技術がヒトとビジネスを変える』2018/3/20
小林 雅一 (著)


(感想)
 バイオ業界で「史上空前の技術革命」と見られているゲノム編集。その最先端の動向と具体的な事例、世界の大学や産業界の取り組みを、とても分かりやすく解説してくれる本です。
 特に最新鋭のゲノム編集技術である「クリスパー」は「DNAのメス」とも呼ばれていて、狙った遺伝子をピンポイントで改変・修正することが出来ます。現在、この技術を使って、「肉量を大幅に増やした家畜や魚」「腐りにくい野菜」「二日酔いしないお酒」などの食料分野の研究開発が進んでいる他、医療分野ではエイズや筋ジストロフィーなど難病の治療研究、不妊治療や出生前診断といった生殖医療の基礎研究、各種のがんを治療する免疫療法の臨床研究、さらに患者の体内でDNAを手術する研究などが急速に進んでいます。
 ゲノム編集は、食糧生産の高度化効率化、難病の治療などの巨大なプラスの側面がありますが、ゲノム編集を使って地球環境を変えてしまう恐れのある「遺伝子ドライブ」や、子供でも動植物や微生物のDNAを操作できる「バイオ・ハッキング」など、非常に危うい側面もあることが指摘されています。
 そんなゲノム編集技術は、私たちの食生活や医療などに幅広く応用が可能で、その経済効果が莫大なことが予想されています。そのため特許戦争も熾烈で、「第2章 クリスパーを発明したのは誰なのか?」では、今後のゲノム編集の中心となることが予想されている技術・クリスパーをめぐって、ダウドナ&シャルパンティエらの共同研究チームと、フェン・ジェーンらの研究チームが訴訟を行っていることも紹介されています。
 彼らが訴訟を行っているゲノム編集技術クリスパーとは、生物のDNAに書かれた全遺伝情報を、まるでワープロで編集するように簡単に書き換えることが出来るという夢のような技術で、病気の根絶などの治療効果を期待できる反面、人間も含む生物の身体を大きく変えてしまう危険性があり、どのように取り扱うべきかが強く懸念されています。彼らの訴訟の行方がどうなるのか分かりませんが、個人的には、むしろ2チームが牽制し合っている現在の状態を長引かせ、その間は「商用」ではなく「研究・難病治療」のみに限定して世界中の高度な研究者や医療機関だけに利用させ、その功罪や安全な利用方法を見極めていくのが、現実的なのではないかと思います。「神の手」のような、この技術が、拙速・安易に使われるのは、とても怖いので……。
 さて、「ゲノム編集食品」というと、「遺伝子組み換え食品」と同類のような気がしますが、これらはかなり違うものなのだとか。「第3章 ゲノム編集は私達の「食」をどう変えるか」によると、「ゲノム編集による品種改良では、(遺伝子組み換え生物GMOのように)敢えて細菌の力を借りて外来遺伝子を植物DNAに組み込む必要はありません。またガイドRNAとCas9タンパク質は、標的遺伝子の編集を終えると、細胞内の自然な循環プロセスによって分解されて消えます。」ということで、要するに、ゲノム編集による品種改良は、伝統的な品種改良とあまり違わないそうです。しかも私たちが安心して受け入れている伝統的品種改良も、実は放射線を使って行われたものが多いのだとか。
「世界全体では、人為突然変異により開発された農作物は2500種類以上に及び、その70%以上が放射線育種によるものと見られています。」
 一般的に「放射線=怖い(人体に悪影響がある)」というイメージがありますが、これまでの品種改良品は、戦後の食糧不足時代を支えてくれたし、健康被害ももたらさなかったので、広く受け入れられたのだそうです。そういう意味では、「ゲノム編集食品」だからといって、怖がる必要性はないのかもしれません。
 また「第4章 ゲノム編集はこれからの医療をどう変えるか」では、「デザイナー・ベビー」が社会の格差を広げることが懸念されていました。実は、「ゲノム編集」は「体細胞」への適用よりも、「生殖細胞」への適用の方が、治療効果が高いのだとか。
「一旦、病気を発症した患者の「体細胞」をゲノム編集で治療する方法は、何らかの問題や限界を抱えています。(中略)これに対し、精子や卵子、受精卵など「生殖細胞系」をゲノム編集で治療する方式は、仮に実現すれば、もっとシンプルかつクリーンに遺伝子性疾患を治すことができると期待されています。それは、より正確には「病気を治す」というより、「子供が生まれてくる前に、病気の芽を摘む」という表現が適切でしょう。」
 遺伝性の難病の芽を事前に摘むことが出来る……とても良いことのような気がしますが、それが本当に「良いこと」だけなのかは、誰にも分からないようです。
「ゲノム編集によって生殖細胞が改変され、そこから万一、赤ちゃんが生まれた場合、その遺伝子の変化が後の世代へと代々引き継がれてしまう」
 ……それでも遺伝性の難病を抱える親にとっては、わが子には遺伝性難病を引き継がせたくないのが人情だと思いますし、ゲノム編集という新技術でそれが可能になるならば、それを選んでしまうのではないでしょうか。
「食糧」「医療」など多くの面で、ゲノム編集技術は巨大な可能性を秘めているので、今後もどんどん進展し、私たちの未来を大きく変えていくことは間違いないと思います。この本は、ゲノム編集が私たちの生活とビジネスをどう変えていくかを教えてくれるだけでなく、「クリスパー」などのゲノム編集の基礎知識も分かりやすく教えてくれるので、ゲノム編集にあまり詳しくない初心者の方が、これらの技術と最新動向を勉強するのに最適な本の一つだと思います。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
   *   *   *
 小林さんの他の本『AIの衝撃 人工知能は人類の敵か』に関する記事もごらんください。
   *   *   *
 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

Amazon商品リンク

興味のある方は、ここをクリックしてAmazonで実際の商品をご覧ください。(クリックすると商品ページが新しいウィンドウで開くので、Amazonの商品を検索・購入できます。)