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第1部 本
社会
波濤を越えて(佐藤雄二)
『波濤を越えて 叩き上げ海保長官の重大事案ファイル』2019/7/12
佐藤 雄二 (著)
(感想)
「海洋立国日本」を24時間護り続ける海上保安庁。その幹部養成大学校を卒業し、特殊警備隊(SST)基地長などを経て、尖閣諸島の領海警備問題に揺れる2013年、初の生き抜き長官になった佐藤さんが、幾多の危難をくぐり抜けて辿り着いた、あるべき「海の護り」を語ってくれる本です。
父を亡くして貧しい家庭で育った少年が、工業高校を卒業後、教師の強い薦めで大学進学を志し、学費のいらない(給料をもらえる)海上保安大学校に入学。数々の現場を経て、長官へと上り詰めた自伝でもありますが、海保大での生活、海上保安庁での勤務の実態も垣間見ることができます。
さらに、この本で「極秘重大事案」の内幕として明かされているのは、TVニュースでも見たことがあるような「重大事案」の現場では何があったのか、一海保職員の視点から、さらには上司や長官として指揮する立場から、実際に命の危険を感じながら、部下を危険にさらしながら体験したもので、とても重みを感じました。
「極秘重大事案」としては、例えば以下のようなものが出てきます。
・ソ連漁船を検挙せよ
・台湾密漁船を逮捕せよ
・船内暴動を鎮圧せよ
・北朝鮮工作員を探せ
・関西国際空港テロを防止せよ
・核燃料輸送船を護衛せよ
・薬物密輸船を検挙せよ
・尖閣諸島を護れ
・不審船を捕捉せよ 能登半島沖事件
・九州南西海域工作船事件
・中国漁船の襲来を防げ 巡視船衝突事件
・中国公船に対峙せよ
*
船内暴動の起こったパナマ船で、小銃を持ちながら震えていた若い隊員に「フィリピン人は襲ってこないでしょうか。どういう場面で撃ったら良いのですか?」と聞かれた佐藤さんは、「那覇からフィリピンへ帰国することになったので、フィリピン人は襲って来ないよ。安心しなさい。万一、撃つときは自分で判断してはいけない。私が命じたら撃て。分かったな」と答えたそうですが、実はこのとき、佐藤さんにも、武器の具体的な使用要領や具体的な指示は下されていなかったそうです。しかも射撃訓練も十分に行われていないとか。
佐藤さんはこの事態を深く危惧していますが、私も同感です。緊急事態に遭遇した当事者が、精神的緊張を強いられるなかで、「こういう場合に何をしたらいいか」をとっさに実行できるためには、普段の繰り返しの訓練が重要ではないでしょうか。日本の場合、武器の使用に関わることは判断が難しいだけに、「その場に遭遇した(不運な)やつが、自ら考えて正しく行動せよ」ということになっている気がします。……私だったらおそらく、何もできずに立ち尽くすか、自らの命が危険だと感じた時に闇雲に発射するかしか出来ないような……海保の場合、こういう危険に遭遇する確率はかなり高そうなので、緊急時を想定した訓練は不可欠だと感じました。
また潜水の訓練・装備にも問題があるようです。例えば1998年の潜水艦なだしお事件では、遺体を引き上げた海保の特殊救難隊員が、空気残量、時間的余裕もないままの作業で、潜水病が疑われる症状を起こしてしまったとか。
「このときから、私は海保の潜水方法や限界深度を変えた方が良いと考えるようになったのだ。少なくとも、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海の内水全域は潜れるようにならないものか。」
まったく同感です。日本近海、とくに湾内などでの海難事故では、限界深度ギリギリのところで、隊員がどうしても無理してしまいがちになるでしょう。そのために余裕のある準備と訓練をすべきだと思います。(なお、現在では、その方向に向かいつつあるようです。)
尖閣諸島などでの中国や韓国、北朝鮮との問題や、向上するIT技術(GPSなど)を取り入れて巧妙化する密輸犯罪など、今後、海上でのトラブルが深刻化することが予想されます。日本国内の人手不足問題も深刻化する現在、今後は、海保と警察、海保と海上自衛隊の連携が重要になっていくのではないでしょうか。
そのためにも、海保や警察、海上自衛隊が現場で、「迷わず正しい行動が出来る」ように支援する仕組みづくり(法整備も含めて)をすべきだと思います。
最後に、本書のなかから、いくつかの文章を紹介させていただきます。
「戦後70年を経て、自衛隊の存在はすでに国民に認知されている。その自衛隊をどのように運用するのか、ということについて国民的議論を行い、運用の要綱を法律に明記すべき時が来たのではないか。少なくとも、時の政権の解釈によって運用が決められるという状況は、長い目で見て最も危険な側面を持つことを認識すべきである。」
「すべては警察目的のために、手続きに従って使用されるこのような武器使用要領は、有事の際の交戦規定にはまったく適用できないことは明らかだ。また、警察官職務執行法の要領で訓練を受け、運用される部隊が有事の際に、有効に機能するとは考えられないのは私だけだろうか。それどころか、大切な隊員を危険に陥れることになるおそれがあるのではないだろうか。また、有事の際、海保の巡視船艇・航空機を補助部隊として活用できると安易に考えているものがいたとしたら、その思いと実態とは大きくかけ離れていることを知っておいていただきたい。」
「海保の役割は、ではどうあるべきなのか。それは、どこまでも警備行動に徹底することだと私は考えている。海保の現在のあり方が、事態の鎮静化に一役買っているケースはいくつもある。」
「東シナ海で日々展開している中国の「力による現状変更」が非軍事的手段である限りは、軍事的な衝突へのエスカレーションを回避しつつ、尖閣の領土・領海及び東シナ海の海洋権益を断固として守るため、現場において国際法と国内法に則り、冷静かつ適切に対応し、いかに事態を鎮静化させるかが肝要である。海保は今、そのような戦略のもと、中国の海洋戦略上の圧力の最前線で対峙しているのだ。」
日本の海での活動を守ってくれている海上保安庁の現実を知ることが出来る本でした。危険を伴う大変な仕事に感謝を感じるとともに、私たちの出来ることは何かを考えさせられました。ぜひ読んでみてださい。
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