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第1部 本

歴史

ブラック・スワン降臨―9・11‐3・11インテリジェンス十年戦争(手嶋龍一)

『ブラック・スワン降臨―9・11‐3・11インテリジェンス十年戦争』2011/12
手嶋 龍一 (著)


(感想)
「インテリジェンス戦争」の観点から、日米の二つの大事件(2001年の9・11同時多発テロから、2011年の3・11東日本大震災/原発事故)の間の10年間を検証したノンフィクションです。
 轟音ともに飛び立ったF16 ジェット戦闘機「ファルコン」の航跡を追うように、青空に放物線を描いていくゴルフボール……このノンフィクションは、米空軍基地内ゴルフコースでのオバマ大統領のウィークエンド・ゴルフの印象的なシーンから始まります。実はその日、そのゴルフコースのある空軍基地から遠く離れたパキスタンの首都イスラマバードの郊外では、ある極秘作戦が始まろうとしていました。それは9・11同時多発テロ以降、十年に及ぶ謀報活動に基づく復讐劇……国際テロ組織アルカイダの巨魁、オサマ・ビンラディンを米軍が急襲する作戦だったのです。
 著者の手嶋さんは、9・11同時多発テロにNHKワシントン支局長として遭遇し、11日間連続の中継放送を担った方なので、描き出されるドキュメンタリー・シーンがすごく迫力と説得力に満ちています。9・11同時多発テロは、私もいまだに、あの高層ビルに大型航空機が激突するシーン、そして高層ビルが崩れ落ちるシーンを鮮明に思い出せるほど衝撃的な出来事で、まさに「事実は小説より奇なり」を痛感させられましたが、このノンフィクションも小説以上の迫力で、隠されていた事実やその後の展開のレポートから目が離せなくなります。とくにワシントンで発生した出来事は、手嶋さん自身がNHKで体験した事実に基づいているので、本当にリアルに感じられました。
 タイトルの「ブラック・スワン」は、「ありえない事態が現実となることの暗喩」です。そしてもう一つのキーワードの「インテリジェンス」は、ただの「情報(インフォメーション)」ではなく、専門家によって選り分けられ精度を高められた「情報(インテリジェンス)」を指します。
 アメリカは9・11同時多発テロ以降、サダム・フセイン政権を標的とした軍事力発動へと向かい、「イラクは生物・化学兵器を所有している」としてイラク戦争を起こすことになるのですが、結局イラク国内には核兵器はもとより、生物・化学兵器などの大量破壊兵器も存在せず、具体的な開発計画すら認められなかったのです。そしてついにブッシュ大統領も「機密情報の大半は結果的に間違っていた」と認め、「虚偽の情報」に基づいてイラクへの武力攻撃を決断してしまった事実が明らかになったのですが……この「虚偽の情報」自体、通常は一年近くかけて作成する情報評価を、たったの二週間で作成させられたものだったのです。やはり「9・11同時多発テロへの報復」という強い感情が、多くの人の考えを誤らせてしまったのかな……と感じてしまいました。
「情報(インテリジェンス)」は情報の精度を高めるという大きな利点がある反面、意図的に歪められる可能性もまた避けられません。この欠点をどう回避し、情報をどう正しく見極めて判断すべきなのか……とても難しい問題ですが、国家に関わるような情報に関しては、精度の高い正しい情報が集まるよう、「組織」などの制度・環境面から整備していくべき重要な問題なのだと思います。
 そして日本を襲ったブラック・スワン、2011年の3・11東日本大震災/原発事故。日本政府の対応が混乱するなか、米軍は素早い対応を見せました。震災の翌朝には、沖縄の嘉手納基地から救援物資を積み込んだ輸送機を横田基地に向かわせていたのです。被災地の松島基地では基地の隊員総出で復旧作業を始め、救援機の離発着がなんとか可能な状態になった3月15日の翌朝には、米軍の輸送機が続々と降りてきて、被災地に救援物資を運ぶことができたのでした。また米海軍の原子力空母も、13日には早くも東北地方の沖合に姿を見せていたとか。……この大震災/原発事故では、多くの日本人も活躍しましたが、残念ながら日本政府の対応は素晴らしかったとは言い難かったように思います。日本は地震・災害慣れしているはずではなかったのでしょうか……。
 想像もできない出来事(ブラック・スワン)というのは、文字通り想像もできないので、いつ・どこで・どんな形で発生するのか予測することは不可能なのだと思います。どんなに「インテリジェンス」を集めても、ブラック・スワンへの対応の決断の前には、万全な情報はほとんどないのでしょう。
 それでも、発生する可能性のある地震などの災害や事故を予知・予測し、予測の精度を向上させるための情報は集められないのか、不測の事態が発生した時に、信頼できる相談相手(専門家)を迅速に確保できるかを考え、予算を組み、体制や組織を整えるなど、可能な限り備えておくべきではないでしょうか。
 アメリカや日本の「インテリジェンス」の状況を知ることが出来るだけでなく、いろんなことを考えさせてくれる本です。ぜひ読んでみてください。
 なお、私が読んだのは単行本版でしたが、この本には改題したより新しい文庫版(『宰相のインテリジェンス: 9・11から3・11へ』)もありますので、購入する際はそちらをお勧めします。
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 手嶋さんは、他にも『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師 インテリジェンス畸人伝』、『独裁の宴 - 世界の歪みを読み解く』、『インテリジェンスの最強テキスト』、『賢者の戦略』などの本を出しています。

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