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第1部 本

歴史

地震災害と地震学(松浦律子)

『地震災害と地震学: 被害・観測・研究の1400年』2026/2/27
松浦 律子 (著)


(感想)
 有史以来、約1400年に及ぶ地震と人々との関わりを追い、被害地震に伴って歩んできた地震研究の実態を、理学の視点を中心に、海外の研究も織り交ぜながら歴史的に振り返っている本で、津波被害や原発関連のコラムも掲載されています。
 地震に関する歴史資料はかなり古くからありますが、例えば中国では……
「東アジアで最も長期間の史料が残る中国では夏の時代紀元前1767年の河南省の地震被害など大昔の伝承記録があるが、紀元前780年の峡西省のM7程度の地震から史料に基づく被害地震カタログが編まれている。」
 ……中国ではそんなに古い記録があるんですね! また日本では……
「(前略)9世紀末までは六国史から菅原道真(845-903)が編纂した『類聚国史』の災害の部の地震が現代まで伝えられたため、416年の甚だ観念的に「地震」の被害があったとする記録を除外しても、599年(推古7)の大和地方の地震から9世紀末までに23個の大地震の被害がわかる。」
 ……地震国・日本でも、かなり古い時代の記録が残っているんですね。
 中国には、古代の地震観測器もあって、なんと2世紀前半には、「地動儀」という感振器(地面が揺れたことと、揺れた方向がわかる地震計)があったようです。
 また日本の大学での地震学についても、東京大学・京都大学・東北大学での歴史を詳細に知ることが出来て興味津々でした。観測データがあまりなかった時代なので仕方ないのかもしれませんが……科学的とは言えないような研究者たちの対立もあったようです。
「エレクトロニクスの恩恵」についても……
「(前略)1964年新潟地震の時には、臨時観測のための地震計から記録装置までの一式は、電源を除いても一観測点分で、大きくボンネットが突き出た当時のトラック1台分の嵩と重さがあった。道路網もまだ貧弱でゆれがひどかったので、遠方で観測するにはまず貨車のチッキで何日もかけて最寄り駅まで機材を輸送したという。それが70年代には人が一人で運べる可搬型となり、80年代にはアタッシュケース大、とあっと言う間に小型化した。」
 ……地震観測には、水晶時計、無線通信、GPSなどのデジタル技術の向上が効率化・精度向上に大きく役立ちました。
 また巨大地震は社会の変化も促していて……
・1964年の新潟地震を契機に、地震保険が新設され制度が整った。「液状化」や「スロッシング」現象に留意すべきことが、土木や建築の専門家に認識されるようになった。
・1968年の十勝沖地震を契機に建築基準法が改定
・1978年の宮城県沖地震を契機に建築基準法が改定
・1995年の阪神大震災を契機に全国に数千点のK-NET(防災科学技術研究所の強震観測網)整備。この震災では政府の対応が頼りにならなかったこともあってボランティアが活躍し、ボランティア元年に。
   *
「日本の津波被害」というコラムでは、東日本と西日本の津波災害には決定的な違いがあることを知りました。
「(前略)東日本は海溝軸も遠く、巨大地震の震源域までの距離がある程度大きいために、地震発生から15分以上津波避難に費やせる時間がある場合はほとんどである。(中略)一方の西日本では、巨大地震の震源域が沿岸部付近と近いため、津波の到達が早い。地殻変動による沈降も加わって、5分も経たずに浸水が始まる場所も多い。」
 ……西日本の津波は到達まで時間がないので、本当にすぐに避難しないと命を守れないようです。
 そして個人的に、本書の中で一番興味津々だったのは、「地震の原因論の歴史」。
 近代以前の地震観としては、例えば、紀元前6世紀にミレトスのアナクシメネスは、水の過剰あるいは不足によって地面に亀裂ができることで強度が弱まり、丘が陥没するために地震が起きると考え、アリストテレスは地下から蒸気が噴き出すために起きると考えたそうです。そして古代日本では、大災害は朝廷の統治に対する神の戒めと考えていたのだとか。
 そして科学としての地震の原因論は、19世紀の終わり近くから始まったそうです。19世紀終わりにカリフォルニア地震を調査した研究者が活断層を発見し、断層が生じる地殻の急激な運動が地震の原因と考えて、1910年に「弾性反発説」を発表しました。
「(前略)地震前と地震後の測量データから、断層を含む領域で地震前に地殻にひずみが蓄積しており、地震時にはこれを解消する方向に断層が動いたことが分かったからである。」
 日本でも1891年の濃尾地震の際に、水鳥断層が発見されました。
 さらに発震機構の時代へと入って……
「(前略)世界では、19世紀末から20世紀初頭にかけて、弾性体に力が加わった場合の基本的な弾性波の伝わり方が、応用数学の一研究分野として解析的に表現できるまでになっていた。」
 その後、第二次大戦とその後の冷戦構造によって、様々な観測結果が蓄積されるようになり、地球電磁気学や地球熱学、海底地質学、海底形成学などの進化によって、1960年代には「大陸移動説」が復活します。
「(前略)プレートテクトニクスは深発地震や異常震域、太平洋岸に並ぶ大地震の震源域など、日本の地震学者のよく知る事象を整合的に統一して説明できるパラダイムとして、あっという間に受け入れられた。」
 さらに地震発生の物理学が誕生し、「摩擦構成則(時間・すべり依存構成則)」で地震現象を表現するモデルが提唱されました。
「(前略)繰り返し地震が発生する活断層やプレート境界での破壊面の物理的性質を、地震の準備期である歪みエネルギー蓄積、地震時のダイナミックな破壊進展、地震後再び歪みエネルギーが蓄積する状態に破壊面が戻るまでのヒーリング期、という一サイクルの各時期に応じて包括的に表現することを考慮した構成則である。1995年阪神淡路大震災後には地球シミュレーションというベクトル型の高速大型計算機の使用事例として採用され、この構成則に基づいた地震サイクルのシミュレーション群がプレート境界地震に関して構築された。21世紀初頭には、GPS観測を実データとして、東日本太平洋側のプレート境界面上での、プレート運動の中で相対的にすべり遅れている領域とそのレートが把握され、将来の巨大地震の発生場所として、十勝沖や仙台から福島の沖合がすべり遅れの目玉として検出できていた(Hashimoto and matsu’ura,2006)。」
 そして現在では……
「最近防災科学技術研究所は、80年代の大中の実験を更に大規模にして数mの岩石試料の摩擦実験を実施しつつある。(中略)時間・すべり依存構成則で、実際に地震現象のスタートであるダイナミックトリガーまでを包括して多様なシミュレーションを実施できる計算環境もある。多様な規模の地震が発生し得る物理的条件を考慮したシミュレーションと大型岩石実験とが?み合った、物理的概念と乖離しない地震破壊サイクルシミュレーションの復権と進展が期待されている。」
 ……現在でも地震の予測はとても難しいですが、これからも少しずつでも進んでいくことを願っています。
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『地震災害と地震学: 被害・観測・研究の1400年』……古来、大地震で甚大な損害を被ってきた日本。1880年に世界初の地震学会が結成されて以来、日本の地震学は独特の展開を辿っています。有史以来、約1400年に及ぶ地震と人々との関わりや、地震研究の歴史について解説してくれる本で、とても読み応えがありました。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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『地震災害と地震学』