ちょき☆ぱたん お気に入り紹介 (chokipatan.com)
第1部 本
生物・進化
生命は変換の環である(レーン)
『生命は変換の環である――生・死・再生のディープケミストリー』2026/1/19
ニック・レーン (原著), 斉藤隆央 (翻訳)

(感想)
過去半世紀余のあいだ単なる糖代謝の経路と見なされてきた「クレブス回路」を、生成的で可逆的でもある「代謝の中枢」として捉えなおし、それが、生命の起源、がん、老化や生死の科学的理解を更新する鍵となることを深く考察している本で、主な内容は次の通りです。
はじめに 生そのもの
1 ナノ世界を明らかにする
2 炭素の道筋
3 ガスから生命へ
4 革命
5 ダークサイド
6 フラックス・キャパシター
終章 自己
結び
付録1 赤いタンパク質のメカニズム
付録2 クレブスライン
略称
謝辞
参考文献
日本語版へのあとがき
索引
*
「はじめに」には、クレブス回路(クエン酸回路、トリカルボン酸回路とも呼ばれています)について次のように書いてありました。
・「(前略)教科書によれば、クレブス回路は、食物の炭素骨格から水素原子を剥ぎ取り、それを酸素という飢えた野獣に与えることによって、エネルギーを産み出す」
・「(前略)クレブス回路は細胞の成長と再生をうながす生合成のエンジン」
・「(前略)クレブス回路に蓄積される分子が、細胞の状態を遺伝子に知らせ、何百、何千もの遺伝子のスイッチのオン・オフをしていることが明らかになった。」
・「(前略)クレブス回路におけるフラックスが老化とともに滞るようになると、コハク酸などの中間体がたまる。そして、低い酸素濃度に対処し、炎症や細胞の成長・増殖をうながす――どれもがんの成長をうながす――ような祖先の経路を起動させるのである。」
*
なお「フラックス」とは、「物が途中で変化するような流れ」のことだそうです。
とても興味津々だったのが、「3 ガスから生命へ」。ここでは「原始細胞」がどのように発生したかについて科学的に考察しています。
最初の生命の誕生地として深海の熱水孔が注目されていますが、本書でも、その環境で生まれたことを想定しているようです。高温の熱水孔から出ているのは、主に二酸化炭素などの酸化されたガスなのですが……
・「(前略)逆クレブス回路は鉄硫黄タンパク質、とくにフェレドキシンを二酸化炭素と水素の反応の触媒に利用してカルボン酸を作り出し、その炭素骨格から細胞の構成要素をすべて生み出せる。」
・「(前略)脂肪酸が混ざり合うだけで、水気の多い内容物を閉じ込める現在の細胞膜に似た薄い2層の膜をもつ、「原始細胞」と呼べるものが自然にできる。そうした原始細胞は魅力的な存在で、個々にめまぐるしく変わる目的らしきものをもち、周囲の熱のみにうながされて融合や分裂をする。」
・「(前略)遺伝子は原始細胞で生じ、その最初の価値はH2とCO2からクレブス回路の中間体を経て成長をうながすことにあったというシナリオが示唆される。」
*
そしてクレブス回路や逆クレブス回路の働きで……
・「(前略)熱水孔が、H2とCO2からカルボン酸を作り出す反応をうながすのに必要なしかるべき条件において、それらのガスを安定的に供給する。そうしたカルボン酸が、逆クレブス回路の段階に似た化学的メカニズムによって生成することは、この化学反応が実際に代謝の原始的な基礎であることを示唆している。クレブス回路の中間体は、アミノ酸や脂肪酸、糖、さらにはヌクレオチドを作るための普遍的な前駆体だ。」
・「(前略)「独立栄養性の」生命の起源では、ガスが鉱物表面で反応して有機分子を生成する。そのすべての反応がひとつの環境条件において起こり、またその条件が自然に成長をうながすのだが、それが水の世界の海底全体に広がる無数の熱水孔で同時に繰り返される。代謝の根本的な構造は、この起点――CO2とH2がプロトン勾配と鉄-硫化物の触媒と組み合わさる――を反映している。代謝を駆動するのは、それ自体ではなく環境だ――究極的には水素の圧力と言える。」
*
また老化にもクレブス回路は関係していて……
「(前略)今では、代謝学の力によって、がんから糖尿病や神経変性疾患まで、加齢に伴う病気の根底にある代謝の原理が理解されようとしている。遺伝子が代謝をコントロールするという単純すぎる考えは解体され、動物の健康と寿命を支える、組織間の精妙な共生が明らかになりつつある。低酸素症、感染症、炎症、変異――これらはどれも、クレブス回路のフラックスのパターンを変え、数百、数千の遺伝子のスイッチを入れたり切ったりする副次的効果をもたらして、細胞や組織の安定した状態を(エピジェネティックに(DNAなどへの化学的装飾による後天的な遺伝子制御の変化を指す))変化させる力をもつ。組織の機能がやがて損なわれ、生合成の経路が行き詰まり、ATP合成が減少し、組織間の精妙な共生のネットワークがほころびだす。そうしてわれわれは老化するのだ。」
*
そして、この老化を防止し、健康であり続けるためには……
「(前略)われわれにできる最善の手だては、ミトコンドリアの活性を維持することである。よく運動をして、深く呼吸し、食べるものに気をつける。発酵に頼らず、なるべくミトコンドリアでNADHを酸化するようにする。自分のクレバス回路を順方向に進めつづける。絶対に確実な手などないが、習慣的な有酸素運動と健康的な食事があなたをがんから守ることはまちがいない。(中略)細胞呼吸を低下させるな。年を取ったときのがんの潜在的要因になる。細胞が何か退化した状態に先祖返りするからではなく、呼吸が衰えるとクレブス回路を攪乱するからだ。」
*
また膵臓のミトコンドリアで細胞呼吸のメカニズムがダメージを受けると、インスリン濃度がさがってグルコースが脳に行きにくくなり、脳に問題が生じる可能性が高まるので、糖尿病は、アルツハイマー病になるリスクを高めてしまうそうです。糖尿病などの生活習慣病の防止にも「習慣的な有酸素運動と健康的な食事」が効果的だと言われているので、健康生活は、がん防止だけでなく、アルツハイマー病も防止できるのかもしれません。
『生命は変換の環である――生・死・再生のディープケミストリー』……遺伝子ではなく、「代謝の流れから生命は始まる」ことを生化学的な観点から語っている本で、とても勉強になりました。「終章 自己」では、脳波には、ミトコンドリアの膜電位が大きく関わっている可能性が高いなど、クレブス回路と「意識の流れ」の関係にも踏み込んでいます。
生化学に新しい視点を与えてくれる本なので、興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
* * *
なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
Amazon商品リンク
興味のある方は、ここをクリックしてAmazonで実際の商品をご覧ください。(クリックすると商品ページが開くので、Amazonの商品を検索・購入できます。)
『生命は変換の環である』