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第1部 本

生物・進化

細胞の行動力学(中垣俊之)

『細胞の行動力学』2025/12/24
中垣 俊之 (編集), 石川 拓司 (編集)


(感想)
 真核生物が誕生して10億年。目まぐるしく移り変わる地球環境のなかで、細胞はどのように巧みに行動適応して生き残ってきたのか……その細胞行動を解明するため、フィールド観察、細胞生物学実験法、力学の基礎、細胞行動力学方程式、行動アルゴリズム、ヒューリスティクスなど多岐にわたる視点から解説している本で、主な内容は次の通りです。
はじめに
第1章 細胞の行動
1.1 行動する細胞の紹介
1.2 細胞の運動様式
1.3 実環境(パノラマ)での細胞の行動
1.4 実験室内での細胞の行動
1.5 今後の課題、ジオラマ行動力学の必要性
第2章 細胞の観察・計測とジオラマ環境制作
2.1 原生生物の観察
2.2 計測・解析結果の統計的な意義
2.3 原生生物の行動解析
2.4 ジオラマ環境の作製と計測
第3章 細胞の行動力学
3.1 徹底力学化:数理モデルの威力
3.2 細胞を取り巻く力学法則
3.3 細胞行動の数値シミュレーション例
3.4 力学シミュレーションを理解するための力学系
第4章 細胞行動のアルゴリズム
4.1 粒子モデルと拡散
4.2 走性
4.3 集団運動
4.4 生物対流
4.5 まとめ
第5章 原生知能のヒューリスティクス
5.1 はじめに:細胞行動力学方程式から原生知能の仕組みへ
5.2 行動力学方程式から知能アルゴリズムへ
5.3 原生知能ヒューリスティクスのトピックス
索引
コラム1 浮遊性有孔虫の浮遊メカニズム
コラム2 単細胞緑藻クラミドモナスの重力走性と生物対流
コラム3 野外環境におけるサンゴの受精
コラム4 暗視野顕微鏡を用いたらせん細菌の運動計測
コラム5 3D ステレオ実体顕微鏡を用いたアメーバの運動計測
コラム6 ボルボックスのダンス
コラム7 赤潮シミュレーション
コラム8 知能の進化と原生知能
コラム9 興奮系の回転らせん波動
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「はじめに」には、次のように書いてありました。
「(前略)細胞の行動学方程式は、よく制御された実験室環境における細胞運動の研究に基づいて定式化される。むしろ、徹底的に状況を単純化することで実験結果とモデル方程式の比較検討が容易になり、モデル方程式は注意深く検証されてより確からしくなる。こうして得られた行動力学方程式は、その境界条件や初期条件、モデルパラメータなどを調整することで、基本的には複雑環境の行動にそのまま適用することができる。もちろん、必要に応じてモデル方程式を拡張することも可能である。」
「本書では、単細胞生物が潜在的に有している根源的な環境適応能力を「原生知能」とよび、その潜在能力を覚醒させるために構築した人工環境を「ジオラマ環境」と名づけている。」
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 個人的に、本書で最も驚かされたのが「第3章 細胞の行動力学」。なんと細胞の行動を、数理モデル化したり数値シミュレーションしたりしているのです。そうすることで……
「(前略)数理モデルの数値シミュレーションを行うことで、運動の予測が可能になり、さらには実験では得られない力・エネルギー・運動効率といった微生物行動の背後にある量の定量化が可能になる。科学的な仮定であるメカニズムの検証も定量的に行うことができる。さらに、微生物行動のシミュレーションができるようになると、行動の予測や制御が可能になるため、それを基に実験系や計測系をデザインすることにも用いられる。」
 ……例えば、「ゾウリムシの遊泳の基礎方程式」という微生物の行動を記述する数理モデルの例では……
「(前略)ゾウリムシは多数の繊毛を動かして遊泳するが、繊毛の先端をつなげた仮想の表面に着目すれば、表面速度をもつスクワーマと数理モデル化できる。ゾウリムシは液体中を遊泳するので、流体からゾウリムシに抗力が作用し、ゾウリムシの表面速度は推力を生み出す。ゾウリムシ周りの流れ場はストークス流れと近似でき、ストークス流れの運動量保存則と質量保存則で記述できる。この方程式を解けば、抗力と推力が求まる。ゾウリムシの運動は、抗力と推力が釣り合うように決定されるため、これらの方程式を同時に解くことでゾウリムシの遊泳を解析できるのである。」
 ……「細胞の行動力学」は、こんな方法で研究している学問なんですね。
「(前略)数値シミュレーションによってさまざまな細胞の振る舞いを再現し、その行動の背後にあるメカニズムや行動の予測が可能になる。しかし、系のパラメータや初期条件によって結果が異なるために、シミュレーション結果の理解は容易ではない。」
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 実は、生命システムにヒントを得た計算手法というのは、すでに数多く実用化されているそうです。
「第5章 原生知能のヒューリスティクス」によると、「進化計算と生物にヒントを得たアルゴリズムの現状」としては、進化計算(EC)、探索(最適化)アルゴリズム、集団探索型アルゴリズム、遺伝的アルゴリズム(GA)、進化戦略(ES)、群知能(SI)、差分進化(DE)、アントコロニー最適化(ACO)などだけでなく、ニューラルネットワークもあげられていました……確かに、そうですね……。
 この他にも……
「流量強化モデルは、粘菌から学んだ原生知能といってよかろう。粘菌以外にも原生生物アメーバやバクテリアの集団運動にもみられる。とても基本的な設計技法である。カーナビの経路探索、水道ネットワーク設計、交通網設計、送電ネットワークのインフラ設計、組み合わせ最適化問題への適用、トポロジー最適化、構造最適化などにも適用されている。新しい進化計算手法の1つといってもよかろう。」
 ……生命システムにヒントを得た計算手法は、私たちの社会で幅広く使われ、大いに役立っているんですね……。
 またロボットの行動も、原生生物の行動に通じるところがあるのかもしれません。
「(前略)ロボットは、その内部に外界の認知やモデルをもたなくても、その場のものに反応して単純な動作をするだけで十分複雑な行動がとれることを、実際のロボットをつくって(段階的に改良してバージョンアップして)示した。」
 さらに細胞の行動力学は、私たちの体内の免疫細胞などの研究にも寄与するのかも……
「細胞が基質に接着して移動する広義のアメーバ運動は普遍的な生命現象で、原生生物アメーバや好中球は細胞単独で移動し、上皮細胞は形態形成や傷修復において集団として移動する。魚の表皮が損傷すると、傷周囲の表皮細胞ケラトサイトが移動し傷を埋める。魚のウロコを1枚採取し、カバーガラスに接着させると、カバーガラスを傷領域と勘違いしたケラトサイトの集団がウロコ表面から這い出してくる。さらに、トリプシンで細胞同士の接着構造を消化するとケラトサイトは単独となって運動を続ける。」
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『細胞の行動力学』……原生生物の環境・状況への適応・対応能力に関する研究について、観察に適した顕微鏡や、実験環境の構築も含めて、総合的に解説してくれる本でした。かなり専門的な内容ですが、生物学に興味がある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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『細胞の行動力学』