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第1部 本

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事例大系 インターネット関係事件(インターネット事件実務研究会)

『事例大系 インターネット関係事件 ―紛争解決の考え方と実務対応』2025/5/2
インターネット事件実務研究会 (編集)


(感想)
 具体的なインターネット関係事件の事例を基に、事件解決に必要な法的論点を掲げ、理論・判例・対応方法を解説してくれる本で、損害賠償請求事件、知的財産関係事件、消費者事件、刑事事件等さまざまな類型を取り上げ、適用法令・条文、重要判例、実務対応を丁寧に詳解。さらにネットストーカー・リベンジポルノ、違法ダウンロード、プロバイダに対する責任追及、ロマンス詐欺、不正送金、仮想通貨、AIにかかわる事件などの判例の少ない最先端の事例も紹介してくれます。
 さて私自身は、幸い、これらのインターネット関係事件にはまだ巻き込まれたことがないので、この本で最も参考になったのは、「序章 インターネット関係事件と相手方の特定」でした。
 被害者になってしまったときに大切なことは、とにかく証拠保全すること。
「インターネット上の事件は、いつ何時侵害情報などの事件解決の需要な証拠となる情報が削除されるなどして霧散するかわからない。」
「証拠の保全については、まず、PDFファイルによる保存を推奨したい。PDFファイルの形でウェブサイトを保存した場合、日付、URLなど訴訟等の法的対応において必要とされる情報が異本的には自動的に保存されるためである。特に著作権侵害事件などはPDFファイルだけで、権利侵害から違法性阻却事由の有無まで判断できる場合もあり、立証活動の枢要が一つのPDFファイルでこと足りることさえある。
 また、事案によっては、ブラウザを動画でキャプチャする方法も推奨される。ブラウザの状況を裁判官に最もダイレクトに伝えられる(ただし、相応の手順は必要となる)。このため、証拠の保存方法として有効な事案もある。」
 そして、もうひとつ大事なのが「相手方の特定」。インターネットは匿名アカウントが多いので、事件を起こした加害者が誰なのかが分からないことも多いのです。匿名アカウントに対して特定しないまま交渉を進めることも出来なくはありませんが、次のような理由で、やはり「特定する」方が良いようです。
「(前略)経験上加害者を特定しないまま交渉を進めることは、相手方にとって民事訴訟等を後ろ盾にしたプレッシャーが生じない。このため、特殊なケースでなければ交渉もスムーズに進まないことが多い。加えて、特定されていない加害者は強気なことも多く、特定しない状況で交渉を進めることは依頼人や代理人への攻撃を誘発する懸念も強い。また、刑事手続きを進めるにあたって、理論上被疑者不詳での告訴状提出等が可能であるとしても、警察等の捜査機関も相手方を特定しない状況では、ストーカーや殺害予告など比較的深刻性の高い事案でなければ対応に動かないことも多い。」
 ……ということで、まずは加害者である相手方の氏名、住所を特定することから対応を進めるべきなのだとか。そのために、まずはSNS情報、ブログ情報の画像情報(顔やナンバープレート、店舗名などの手がかり)などを調査します。
「加害者が侵害情報の発信に用いた侵害アカウントや侵害サイトをまずは調査して加害者を特定する手がかりとなる情報がないか調査を行うことが出発点となる。」
 ……さらにプロバイダ事業者に対し発信者情報の開示を求めるなどの「発信者情報開示請求権」を使います。
「(前略)現在、唯一法令で定められている実体法上の請求権に基づく加害者特定のための手続きが、発信者情報開示請求権およびこの行使に係る各種の手続きである。」
 ……ただ、事例からは、なかなかこの発信者情報を教えてくれないことも多いようでしたが……。
 ちなみに「証拠の収集」に関しては、「第3章 人格権に基づく逮捕記事の削除請求」の事例が最も具体的だったので、それを以下に紹介します(なおこの事例は、かつて人権侵害で逮捕されたことのある人が、ネットでの評判のせいで定職につけず精神を痛めている状況にあるとして、ネット記事の削除を求めているものです)。この場合の証拠の収集としては……
1)削除対象記事のスクリーンショット(URLが写っているもの)
2)刑事処分の内容に係る資料(不起訴処分告知書、略式命令、判決書)
3)罰金の納付書・領収書等
4)検索エンジン等で原告の氏名を検索した結果をプリントアウトしたもの
5)非課税証明書(原告が定職に就けないことに係る証拠)
6)原告が更生等に努めていることを示す資料(心療内科への通院記録、医師の診断書)
 ……などがあり、さらに次の書類を作るそうです。
7)原告の陳述書(原告の経歴、逮捕された経緯、逮捕事実の内容、前科・前歴の有無、原告の現在の生活状況(就業状況、収入、家族構成など)、記事により原告が被った不利益の内容、再犯防止のために努力していること等を記載する)
   *
 さて本書では、インターネット関係事件として、損害賠償請求事件、知的財産関係事件、消費者事件、ネットストーカー・リベンジポルノ、違法ダウンロード、プロバイダに対する責任追及、ロマンス詐欺、不正送金、仮想通貨、AIにかかわる事件など、さまざまな事件の事例・経緯が紹介されていましたが、弁護士への依頼者からの相談が、依頼者の望み通りにはならないケースもありました。
 例えば「第7章 著作権侵害事件(権利侵害・削除対応)」では、著作権侵害として相談された内容について検討した結果、最終的には単なる「引用」とされるケースだと判断し、著作権侵害ではなく人格権侵害として検討することになったようです。
 また「第12章 プラットフォーマーをめぐる法律関係」では、思い当たることもないのに突然一方的にアカウントを凍結された依頼人が、最終的にアカウント凍結の解除をしてもらえたのは、裁判所から運営会社に書類送付された後だった(そのプラットフォーム・サービスには異議申立制度があるにも関わらず、弁護士からの内容証明郵便での正式な異議申し立てでは、解除されなかった)ことに驚かされました。
 そして最も恐ろしかったのは、「第14章 SNS型投資・ロマンス詐欺被害事件」。マッチングアプリで知り合った女性から暗号資産投資サイトを勧められて口座を開設。運用がうまくいって暗号資産が1億円にまで増えたように見えたものの、口座からお金を引き出せなかったことで詐欺に気づいたという事件です。ここでは、「「暗号型資産」の追跡では、回収につながることはほぼない」ことや、「ほとんどのケースで海外の投資サイトへの誘導がなされ、誘導されるサイトは、FX投資や暗号資産投資が多く、ほぼ金融庁の無登録業者であり実態があるものはゼロといっていい」ことなどが書いてありました……うわー、怖いですね……。
 また「第19章 AIとリーガルテック」では、参考になりそうな情報として、次のものが紹介されていました。
・法務省ガイドライン「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」(2023年8月)
・一般社団法人AIリーガルテック協会ウェブサイト「リーガルテックとAIに関する原則」
・個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(令和5年12月一部改正)
・個人情報保護委員会ウェブサイト
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 この他にも、海賊版サイトや、不正ログイン、システム開発費未払いなど、さまざまなインターネット関係事件についても詳しい解説があります。
『事例大系 インターネット関係事件』……弁護士・裁判官等に紛争解決までのロードマップを示し、実務の指針を示してくれる実践的手引書で、とても参考になりました。専門家向けの本ですが、一般の人にとっても、知っておいて損はない情報が満載だったと思います。法律に関する仕事をしているだけでなく、IT業務に携わっている方も、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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『事例大系 インターネット関係事件』