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第1部 本
伝記・職業紹介
生物学を進化させた男 エドワード・O・ウィルソン(ローズ)
『生物学を進化させた男 エドワード・O・ウィルソン』2025/6/9
リチャード・ローズ (著), 的場 知之 (翻訳)

(感想)
アリの複雑な生態の解明に多大な貢献をして、『社会生物学』で自然科学と人文学に一大論争を巻き起こし、『バイオフィリア』で生物保護の重要性を訴えたエドワード・O・ウィルソンさん(さらに『蟻』と『人間の本性について』でピュリッツァー賞も受賞)。巨大な功績ゆえに広く理解されているとはいいがたいその全容を丹念に紹介し、幼少期の失明、父の自殺、大学のポスト争いなどのライフヒストリーを同時に描き出すなど、ピュリッツァー賞作家のローズさんがその手腕をおおいに発揮して、圧巻の評伝としてまとめた科学伝記です。
この本の冒頭は、次の文章で始まります。
「とうとう出発の時がやってきた。二五歳のエド・ウィルソンは長身痩躯で、一〇代の頃から高音域の聴覚がなく、右眼は幼少期の事故により光を失っていた。聴覚も視覚も不自由というわけだ。表面的には、彼は礼儀正しく物腰柔らかな青年で、アラバマ州のメキシコ湾岸に生まれ育った、一家で初めての大卒者だった。」
……えっ? 熱帯雨林で多数のフィールドワークを行った生物学者のウィルソンさんは、聴覚・視覚の障害者だったんですか……その事実に驚かされるだけでなく、過酷な生い立ちにも絶句してしまいました。なにしろ子どもの頃、釣りをしていて魚の棘が右目の瞳孔に突き刺さって失明、両親の離婚で何度も知人や陸軍士官学校などに預けられ何回も引っ越し(4年生からの9年間で14の公立高校に通う)、父親はアルコール依存症、大学に行きたいがために軍に入ろうとしたものの片目が見えないため不合格になり、大学の学費はアルバイトで賄わなくてはならなかったなど、心が折れてしまいそうな状況のなかで育っているのです。
ところがウィルソンさんは、自分に合わない仕事だと思いながらもアルバイトをして、むしろ、今後、このような生活をしないですむよう、大学進学にいっそうの意欲を燃やすのです。
そしてアラバマ大学に入学。このとき、大学入学の手続きを知らず、家族からのアドバイスももらえなかったウィルソンさんは、入学したらすぐに専攻を選んで、自分にはそれに見合う能力をあることを示さないといけないと勘違いして、生物学の学科長に面会を求め、これまでの自分のアリ研究の成果と研究計画を見せたそうです。
そこで学科長などに熱意とポテンシャルを認められ、それ以降、彼が熱望していた生物学の研究生活がついに始まるのです。
ウィルソンさんは、ニューカレドニアなど熱帯雨林でのアリのフィールドワークで成功を重ね、ハーバード比較動物学博物館に招待されたこともあって、ハーバード大学の博士課程に進みます。
奥地体験の間に「熱帯雨林の動物の分布と進化に関するまったく新しい理論」を思いついて論文を発表するなど、その後も順調に研究を発展させ、生物学者として次第に頭角を現していったようですが、彼の勤務するハーバード大学では、DNAの発見で有名なジム・ワトソンさんが「分子生物学」の力を強め、ウィルソンさんたちフィールドワークを行う「全体・進化」生物学者との対立が深まっていきました。
そんな中、ウィルソンさんは自分の講座を「進化生物学」と名づけ、フィールドワークに加えて、「定量的理論の複雑さを扱えるよう数学スキルを磨く」ことや、「動物や昆虫のコミュニケーション」を研究することを始めました。
そしてヒアリのデュフォー腺の分泌物に「フェロモン」を発見。アリのコミュニケーションの基本システムを特定した初めての研究者になりました。
さらにマッカーサーさんという研究者と共同で、理論個体群生物学も進めていきます。このマッカーサーさんという人は……
「マッカーサーのアメリカムシクイ研究において、特筆すべきはその戦略性だった。それぞれの種と種間の相互作用を自然史的に記述するだけでなく、彼は理論を打ち立て、それを実世界の本物の森に暮らす本物の鳥たちにあてはめて検証した。そして結果を計測し、比較し、定量化して、さらなる一般則を導き出し、それらを再び検証にかけることができた。」
……ウィルソンさんたちは、新たな島への種の移入と局所絶滅の連動パターンを検証すべく、国立公園局から許可を得て、小さな6つの島で新しく繁殖する動物相を調査する研究を始め(5つは動物相を全滅させ、1つは対照群として何もしない)、島の動物相全滅後、1年にわたり経過観察し、再移入を記録しました。その結果、根絶から250日目までに、もっとも孤立した島を除くすべての島で、動物相の種数と構成が、未処置の島と同程度の水準に回復したことが確認され、彼らの「平衡理論」を指示する証拠が得られたそうです。(平衡理論=新たな生息地に進出する種と、その生息地を放棄する(すなわち局所絶滅に陥る)種は、生息地の環境条件に応じたある点で平衡に達する、という理論)
……こんな感じで、彼の研究生活を通して、当時の生物学研究の状況や、手法、調査結果などを詳しく知ることが出来て、生物学についても学ぶことが出来ました。
彼の著書『社会生物学』は賞賛される一方で、強い批判や反発も招き、研究生活は必ずしも順風満帆なだけではありませんでしたが、現在までに彼は……
「二一世紀にはいって一〇年が過ぎる頃には、エド・ウィルソンは科学者としてだけでなく、生物多様性保全活動家として世界的地位を獲得していた。(中略)
ウィルソンは三四冊の著書と四三三本を超える学術論文を著した。そして『社会生物学』により、物議をかもしつつも新たな学術分野を打ち立てた。世界で四五以上の名誉博士号を授与され、一五〇以上の章やメダルを受賞した。」
……という大成功を収めています。
『生物学を進化させた男 エドワード・O・ウィルソン』……過酷な幼少期にも負けずに成功者となった人の物語に勇気をもらったり、生物学の発展の経緯を学んだり、フィールドワークの実情を知ったり……いろんな意味で読み応えのある本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
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『生物学を進化させた男 エドワード・O・ウィルソン』