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第1部 本

描画参考資料

作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録

『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』2025/7/10
佐藤雅彦 (著)


(感想)
『ピタゴラスイッチ』『だんご3兄弟』『0655/2355』などの教育番組、『バザールでござーる(NEC)』『モルツ(サントリー)』『ポリンキー(湖池屋)』をはじめとする一世を風靡したCMや、《計算の庭》《指紋の池》に代表される身体表象をテーマにしたインタラクティブ・アートなどを手掛けてきた表現者・佐藤雅彦さんの40年にわたる創作活動の全容を伝える「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」(2025年、横浜美術館などで開催)の公式図録で、貴重な図版も多数掲載されています。
 まえがきの「物語りの形をした図録」には、次のように書いてありました。
「私は、長い間、表現者として研究や活動をしていますが、「表現」ということを意識しだしたのは、ずいぶん遅く、30代が近づいた頃です。実際に仕事として「表現」に取り組んだのは、なんと30代の中頃です。
 この本では、私がまだ大学生で進路を決めるあたりから現在に至るまでの、「教育」「表現」そして「方法」を巡る遍歴を実際の制作物とともに、物語っていきます。」
   *
 凄腕CMプランナーとして有名な佐藤さんですが、意外にも大学では教育を学んでいたようで……
「「教育学」には教育理念や教育行政などさまざまな研究分野がありますが、私が関心を持っていたのは、ひとつだけ。教育方法でした。
 数学や物理などとっつきにくい教科も、主体的に関心を持って、つい学びたくなるような教育方法はないだろうか、といろいろ思いを巡らせていました。(中略)
 漫画やアニメーションといった表現を、教科書や日々の授業に取り入れることは、今では普通のことになってきましたが、その頃、そんな教育方法もありませんし、研究対象にはなっていませんでした。」
 ……この考えが、論文審査で教授たちに否定されたことで、佐藤さんは教育に関わりたいと言う気持ちを諦めて、広告代理店の電通に入社したそうです。
 ある時、詩人の朗読会のチケットやパンフレットの印刷を安くやってくれるように頼まれた佐藤さんは、費用を節約するために自分でデザインをすることにしたのだとか。そこで自分が好きだった座席表などのデザインをヒントに、「枠のデザイン」を描いてみたら大好評。他からも注文が舞い込むようになり、しまいには、なんと漫画雑誌ガロの巻頭に「KIT」という枠のデザインの漫画を描く仕事までしたそうです……凄いですね……。
 ところが、これはほんのプロローグ。佐藤さんは自分のアイデアをもっと活かそうと考え、電通社内で、クリエイティブ局転局試験を受けて見事合格! ……したのですが、「賞用に作った使われない広告」を批判してしまったせいか、仕事がなくなってしまいました。そこでクリエイティブ資料課に通い詰めるようになって……
「さまざまな優れたCMを見ていると、自然と、私は、その面白さや感動がどの要素から来るのかが分かってきました。(中略)
 そして、なぜそのCMは面白いのか。なぜそのCMは伝わるのか。それをひとつずつ要素還元してゆくと、いくつかの「ルール」が見えてきたのです。そうやって、まだCMを一本も作っていない私は、CMを作るルールをたくさん蓄えていったのです。
 もちろん、要素を抽出しても、それだけで面白いCMや感動的なCMを作れるとは思っていません。最終的には、素晴らしい表現には、思考のジャンプが必要です。でも、ジャンプはいつ来るか、分かりません。そんな曖昧なことでは、毎日の仕事になりません。そこで、私は、この要素還元して生まれたルールを『踏切板』としてジャンプしようと思ったのでした。」
   *
 でも社内ではCMの仕事がなかったので、佐藤さんは個人として応募できる朝日広告賞に挑戦し、見事最高賞を受賞! クリエイティブ局に残れることになり、CMプランナーの仕事を開始しました。
 ここからは佐藤さんの最初の作品制作メソッドとともに、実際のCMなどが紹介されていきます。例えば「表現方法ルール1」は……
・表現方法ルール1:ドキュメンタリー・リップシンクロ(「音から作る」)
(事例)遠足でSLに乗った子どもたちが「パリパリのり塩やっぱりのり塩」と口々に叫ぶ湖池屋のドキュメンタリー風CM
   *
 そして続いて「表現方法ルール2:新しい構造」、「表現方法ルール3:音は映像を規定する」や、ネーミングを作るための方法論の「濁音時代」、「新しい構造」、「セルフトーキング」、「地名の持つシズル」、「語尾の研究」、「専門用語の研究」などが紹介されていました。
 なかでも本当に天才だなーと特に感心させられたのが、「湖池屋のジャガッツ」のCM。これは、銀行強盗の襲撃シーンが映っている防犯カメラを、警察官や刑事が犯行の確認のために何度も巻き戻すと、その時間にたまたま銀行の前で話していた主婦たちの「湖池屋のジャガッツはこのギザギザがおいしい」というセリフが何度も流れてくるというCMで……これは……この発想は凄すぎ(爆笑)。
 この他にも、次のような文章が印象に残りました。
・「人を振り返らせるのは音です。映像ではありません。音が人を惹きつけるのです。」
・「大抵、最初の3,4秒でスポンサーの要求を満たすのが私の理想です。」
・「流通が受け入れてくれるためには、いい名前と目印が必要です。そもそも、私は、めんどくさい広告は、役に立ちにくいと考えていましたから、ワンビジュアル・ワンメッセージというシンプルな広告をいつも心がけていました。」
   *
 この後、佐藤さんの「表現方法」は、「ルール」から「トーン(世界観)」へと変わっていきます。その中の「表現方法トーン4:小さな世界もの」では、実例として、可愛いポリンキーたちが歌う「ポリンキー劇場」が紹介されていました。その歌の最後の部分は……
「(前略)ポリンキー ポリンキー おいしさの秘密はね
  教えてあげないよ チャン♪」
 ……というもので、CMのこの部分、私も鮮明に覚えてしまっているのですが(笑)、この「全部は教えない」ということが、佐藤作品の重要なレトリックのようで、巻末の、横浜美術館主席学芸員による「論考」では、次のように指摘されていました。
「(前略)情報や知識、あるいは美しさや楽しさの一方的な提供にとどまらず、謎かけや留保により見る人/聞く人の自発的な思考を促すのが、この「教えない」手法である。」
 ……なるほど!
 この後、佐藤さんは、慶応義塾大学のSFCや東京藝術大学で、学生の指導を始めるのですが、そこでも、この「教えない」手法が活かされているような気がします。
『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』……2025年に横浜美術館で開催される初の大規模回顧展「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」の公式図録ですが、美術館のカタログというよりは、むしろ普通の「本」という感じなので、とても楽しく読めました。凄腕CMプランナーの佐藤さんが、そのノウハウを惜しげもなく披露してくれるので、何かの作品を作っている方にはとても参考になると思います。みなさんも、ぜひ読んで(眺めて)みてください。

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『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』