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第1部 本

脳&心理&人工知能

アイドリング脳 ひらめきの謎を解き明かす(井ノ口馨)

『アイドリング脳 ひらめきの謎を解き明かす (幻冬舎新書 747)』2024/11/27
井ノ口馨 (著)


(感想)
 ひらめきを得るためには、アイドリング脳をいかにうまく働かせるかが鍵……分子脳科学の最前線に立つ井ノ口さんが、驚きの研究成果を分かりやすく解説するとともに、ひらめくための実践的方法も紹介してくれる本です。
「はじめに」によると……
「アイドリング脳とは、睡眠中や休息中など、何かに集中していないときの脳の状態や働き、そして、潜在意識下の脳の状態や活動のことです。」
 ……そして井ノ口さんは、アイドリング脳の研究を、「脳の神経細胞を直接操作する方法」で研究しているそうです。それは……
「たとえば、青い光が当たると細胞が活性化するように神経細胞を改変する手法があります。においを感じる神経細胞にそのような操作をしておき、神経細胞に青い光を当てると、実際にはにおいをもたらす物質が存在していなくても、つまり環境中は無臭でも、神経が活性化し、脳はにおいを感じます。偽の感覚を感じるようマウスを操作できるわけです。」
 ……これは「光遺伝学」という方法のようです。
続く第1章では、記憶に関連する脳の構造などについて解説があります。その一部を紹介すると、次のような感じ。
・「何かを記憶するとき、脳では1つの記憶に対し、1つのニューロン集団が割り当てられていると考えられています。これを「セル・アセンブリ仮説」といいます。セル(cell)は細胞、アセンブリ(assembly)は特定の目的のための集まりを意味します。」
・「海馬は、記憶を短期的にとどめておく場所で、視覚・聴覚・嗅覚・触覚の情報が統合されています。大脳皮質の内側にある海馬は大脳皮質から独立してはいません。
 人間なら6か月~2年、マウスなら3~4週間の間、記憶は海馬にとどめおかれます。海馬を切除すると、それぞれ直近のこの期間の記憶が思い出せなくなります。
 そして、海馬の隣に位置しているのが「偏桃体」です。(中略)
 目や耳からの情報が、感覚野などを経由し処理され、統合されたイメージとして海馬に届き、そして偏桃体に送られます。偏桃体は、その情報を過去の記憶と照らし合せて、どう感じるべきかを評価します。喜怒哀楽や快不快といった感情的な動き(情動)と偏桃体は深くかかわっています。
 海馬は記憶の形成や空間認識を担当し、偏桃体は感情の処理や反応を担当します。海馬と偏桃体は密接に連携して、感情的な出来事の記憶を強化することで、重要な経験をより鮮明に覚える手助けをします。」
   *
 そして「記憶と記憶」は連合するそうです。互いに似た記憶は、対応するニューロンがオーバーラップします。こうしたオーバーラップは、時間が経ってからできる場合もあり、異なるニューロン集団がオーバーラップすることで、記憶は連合するようです。
「(前略)一つ一つの記憶が連合することで、知識や概念がつくられていきます。」
 ……ここではマウスの実験で、偽記憶を人工的につくれたこと、記憶は操作可能なことも紹介されていました。
 そして第2章では、いよいよアイドリング脳について……
・「温泉地にいる間は、温泉に入る度に、1つの研究テーマについてぼんやりと考えます。一生懸命考えるわけではなく、あくまでも「ぼんやり」とです。すると、行き詰っていたことの解決策が見えることがあります。ひらめくのです。温泉につかってぼんやり考えることが、僕のアイドリング脳を働かせるのです。」
 ……ひらめきを生むためには、温泉に入る方法だけでなく、散歩するなど他の方法もありますが……
・「共通しているのは、何かに集中していない、ということです。おそらく何かに集中していると、脳はアイドリング脳の働きを抑えてしまうのだと思います。単純な作業や運動をしていてもいいけど、頭はぼーっとしているのがアイドリング脳を働かせるコツです。」
・「突然のひらめきや独創的なアイデアは言うなれば、ゼロから生み出すというより無関係な考えの思いも寄らない組合せ、つまり記憶の連合の産物なのです。」
   *
 この章では、記憶や推論が「睡眠」と深く関わっていることを、黄色い部屋を使ったマウスの実験で明らかにした事例が紹介されていました。それで分かってきたことは……
・マウスは「黄色い部屋」を大枠で記憶しているのではなく、壁の角度や形状、床の形状などに断片化して記憶しているようだ
・マウスは眠っている間に大事な情報だけを「選抜」し、脳に「定着」させた。(起きている間にはこの選抜・定着は起こらない)
 ……やはり睡眠は、脳にとって何かとても重要な役割を果たしているんですね!
 ここでは「記憶は思い出す度に不安定になる」という、ちょっと意外な研究についても紹介されていました。
「2,000年に、ニューヨーク大学のジョセフ・ルドゥー教授とカリム・ネーダー教授らによって、「記憶は思い出すと不安定になる」という論文が発表されました。それにより、獲得された記憶は保持されている状態で思い出すと、不安定化のサイクルに入り、再固定化されるという複雑なプロセスをたどっていることが明らかになりました。」
 ……最近の記憶(半年から2年以内)は海馬で保持され、その後、重要なものだけ海馬から大脳皮質へ再編成しながらコピーされるようなので、思い出すときにも、同じように脳の複数の領域が関わったコピー処理が実行されることで、不安定になるのかもしれないなーと想像してしまいました。
 第3章は、マウスを使った「推論(推論に睡眠は必要か?)」の実験。ここではさらに、次のような興味深い事実が明らかにされています。
1)すべての学習が終了したあとのレム睡眠中に、推論ニューロン群はほぼ完成した
2)推論をはじめるのに1日必要だったのは、睡眠中に推論ニューロンを完成させるためである
 ……この結果から次のように言っています。
「ノンレム睡眠で記憶を整理し、レム睡眠で学んでいないことを推論して答えを導いている。まだ見ぬ、見るかどうかも分からない将来の事態に備えて、脳は準備をしている、といえる結果が得られました。
 ひらめきのタネは、寝ている間につくられているのです。直接、経験をしていなくても正解はすでに脳にあるのです。あとはそれをどう意識に上らせるか、なのです。」
   *
 そして最後の第4章では、どうしたら「ひらめき」が得られるかについて。残念ながら、まだ科学的には明らかになっていないようですが、井ノ口さんの実体験からのアドバイスがありました。それは「ひらめき」を起こすための材料(知識)を脳に入れたあと、脳をアイドリング状態にすることのようです。
「(前略)優れたアイデアを得たいと思うなら、自分の限界まで真剣にインプットしてみてください。インプットが足りない状態では、解決策にたどりつかないでしょう。
 ひらめきが浮かぶ、正解にたどりつく確率を高める方法としておすすめなのは、眠る直前に、懸案のテーマについて思いをめぐらせることです。」
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『アイドリング脳 ひらめきの謎を解き明かす』……ひらめきの謎は完全には解き明かされていませんでしたが、井ノ口さんたちの光遺伝学を利用した研究で、一歩ずつ前進していることを知ることが出来る本でした。これからの研究にも期待したいと思います。
 記憶や睡眠についての最新研究についても学ぶことができるので、人間の思考法に興味のある方や、AIに負けない「人間らしい創造性」を伸ばしていきたい方は、ぜひ読んでみてください(2章や3章のネズミの実験はとても興味深いものだったので、記憶や睡眠に関心のある方には、特にお勧めします)☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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『アイドリング脳 ひらめきの謎を解き明かす』