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第1部 本

脳&心理&人工知能

まちがえる脳(櫻井芳雄)

『まちがえる脳 (岩波新書 新赤版 1972)』2023/4/20
櫻井 芳雄 (著)


(感想)
 人はまちがえるけれど、それは、どんなに頑張っても、脳がまちがいを生み出すような情報処理を行っているから。でも脳がまちがえるからこそ、わたしたちは新たなアイデアを創造し、高次機能を実現し、損傷から回復する……そのような脳の実態と特性を、最新の研究成果をふまえて解説してくれる本です。
「第1章 サイコロを振って伝えている?」では、わたしたちの脳の信号伝達が、「確率的な方法」で行われていることが書いてありました。
・「ニューロンが発したスパイク、つまり信号は軸索上を伝わっていく。そのような信号の伝搬も、軸索表面にあるナトリウムチャネルが次々と開閉し、ナトリウムイオンが次々と移動することで生じる連続的な電位変化であり、やはり電線の中を電子が流れることとはまったく異なっている。そして、信号が軸索の末端である軸索終末に到達すると、終末部分の細胞膜にあるカルシウムチャネルが開き、軸索終末内へカルシウムイオンが流入する。すると、それが引き金となって、神経伝達物質が軸索終末からシナプスの隙間に放出される。これが次のニューロンへの信号となり、受け取ったニューロンの受容体に作用すると、先に述べたように、受容体のナトリウムチャネルが開き、ナトリウムイオンの移動と膜電位の変化が起こる。
 このように、ニューロンへの入力信号とは電気信号ではなく、神経伝達物質のことである。そして、神経伝達物質を受け取ったニューロンの膜電位が閾値を超え、スパイクが発生すれば、電気信号としてのスパイクが、無事伝わったことになる。」
・「(前略)このバトンリレーとでもいうべきニューロン間の信号伝達は、確率的なもので、きわめて効率が悪いことがわかっている。」
・「(前略)わたしたちの頭の中でニューロンからニューロンへの信号は、やはり30回に1回程度しか伝わらず、しかも伝わるタイミングはランダムということになる。
 このような不確実な信号伝達では、脳がよくまちがえるのは当然といえる。」
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 ……うわー……と残念に思ってしまいましたが、実際には、私たちは「ときどき間違える程度」です。これは「多くのニューロンが協力してほぼ同時に信号を送れば、伝わる確率はぐんと向上する」からのようでした(ホッ……良かった)。
 しかも、このような構造を持っている人間の脳は、なんと「まちがえるから役に立つ」ようで、「第2章 まちがえるから役に立つ」には、次のように書いてありました。
・「脳は個々のニューロン間の低確率で不確実な信号伝達を、ニューロン集団の同期発火で補っている。そのため脳は絶え間なく自発的な同期発火を繰り返しており、そればあるリズムをもつゆらぎとして現れる。(中略)信号伝達のエラーを完全に排除することはできず、またエラーが起こる確率も、同期発火するニューロンの数や、信号の受け手であるニューロンの状態で変化するため、一定ではない。その結果、人がときどきまちがえることは避けられず、いつまちがえるかも予測できない。しかし、まちがえることにはメリットもあるらしい。それは新たなアイデアの創出、つまり創造である。」
・「(前略)まちがえることが創造性を発揮するためには不可欠であるように、記憶が不安定でまちがえやすいことも実は役に立っており、それがいわゆる高次機能にとって不可欠であることがわかっている。」
・「このように脳の神経回路の構造と機能は共にいいかげんである。しかし見方を変えてみると、神経回路の構造と機能は固定されておらず、柔軟であるともいえる。これは電子回路にはない脳の特性である。そしてこの脳の柔軟性が、動物が生存する上できわめて有益であることもわかってきた。それが、脳がもつ独特の冗長性、つまり部分的な損傷を受けても影響を受けなかったり、大きな損傷でも回復するという特性である。すなわち、特定のニューロンだけが信号を伝達するのではなく、多数のニューロンが協力して伝達するということが、また、記憶をつくるときと同じように、経験により信号伝達の確率や経路が変わるということが、損傷に対する脳の頑健さと回復力を生み出しているのである。」
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 ……なるほど……「まちがえること」にはデメリット以上にメリットがあるのかもしれませんね!
 さらに「第3章 単なる精密機械ではない」には、人間の脳は、人工知能(AI)とは大きく違っていることが詳しく書いてありました。
・「(前略)多数のニューロンが集まった神経回路では、化学シナプスを介した可塑的で調整可能な信号伝達と、電気シナプスによる高速な信号伝達が組み合わさり働いているらしい。」
・「(前略)信号はシナプスを介してニューロンからニューロンへ伝わるだけでなく、同じくシナプスを介してアストロサイトからニューロンへ伝わっているのかもしれない。もしそうであれば、脳内の信号伝達において、一層複雑なメカニズムが働いていることになる。」
・「(前略)脳の神経回路では、シナプスを介したニューロン間の確率的な信号伝達と、細胞外スペースを介した持続的で安定的な信号伝達が同時に働いており、しかもそれらは互いに影響し調節し合っている可能性がある。これば、機械とは異なる脳の複雑な信号伝達の姿なのかもしれない。」
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 そして「第4章 迷信を越えて」では、よく言われてきた「右脳・左脳」、「男性脳・女性脳」、「ゲーム脳」などは迷信だということが示されていました。
 さて脳の研究はどんどん進んでいるようではありますが、脳の機能は単純ではなく「アンサンブル」で決まっているようで、詳細な解明はなかなか難しいようです。
「結局、マクロな脳部位のレベルでも、ニューロンのレベルでも、そして神経伝達物質と遺伝子のレベルでも、脳の特定の機能を単独で担うものは存在していない。また特定の機能を損なう疾患や障がいにも、単独犯として関わるものは存在していない。脳の機能は、多様な部位、多様なニューロン、多様な神経伝達物質、そして多様な遺伝子が相互作用しながら働くアンサンブルによって実現されていると考えざるを得ない。そのアンサンブルの姿を解明したときこそ、脳を解明したといえるのであろう。」
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『まちがえる脳』……脳の実態と特性を、最新の研究成果をふまえて解説してくれる本で、とても勉強になりました。人間の脳は「まちがえる」から素晴らしいことを知り……なんとなく嬉しくなりました(笑)。脳に興味がある方は、ぜひ読んでみてください。
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『まちがえる脳』