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第1部 本
脳&心理&人工知能
知能とはなにか ヒトとAIのあいだ(田口善弘)
『知能とはなにか ヒトとAIのあいだ (講談社現代新書 2763)』2025/1/23
田口 善弘 (著)
(感想)
曖昧模糊とした「知能」を再定義し、人工知能と私たち人類が持つ「脳」という臓器が生み出す「ヒトの知能」との共通点と相違点を整理したうえで、自律的なAIが自己フィードバックによる改良を繰り返すことによって、人間を上回る知能が誕生するという「シンギュラリティ」(技術的特異点)に達するという仮説の妥当性を論じている本で、主な内容は次の通りです。
はじめに
第0章 生成AI狂騒曲
第1章 過去の知能研究
第2章 深層学習から生成AIへ
第3章 脳の機能としての「知能」
第4章 ニューロンの集合体としての脳
第5章 世界のシミュレーターとしての生成AI
第6章 なぜ人間の脳は少ないサンプルで学習できるのか?
第7章 古典力学はまがい物?
第8章 知能研究の今後
第9章 非線形系非平衡多自由度系と生成AI
*
著者の田口さんはAI研究者ではなく物理学者だそうですが、「はじめに」によると……
・「人工知能の研究者でもない一介の物理学者である私がなぜ知能に関係する本を書くにいたったのか。実は、チャットGPTに代表される大規模言語モデル(Large Language model、以下LLM)は、その中身(構造)を見る限りでは、20世紀末に物理学者がさんざん研究した「非線形非平衡多自由度系」となんら変わるところがないように見えるからだ。意外に思われるかもしれないが、数十年以上前から、畑違いにも思える物理学者たちが、世界を席巻している生成AIに非常に似通ったアプローチで、物理現象を再現するシミュレーションを盛んに研究していたのである。」
・「(前略)チャットGPTなどの生成AIは、膨大なデータを処理、学習することで現実世界をシミュレーションしたものである。実は私たちの脳も、仕組みこそ異なるものの、現実世界をシミュレーションして、脳が認識可能なものに再構築している。まさに知能と呼べるものは、生成AIであれ、人の知能であれ、現実世界のシミュレーターであるという点で共通している。このような見方をすれば、LLMの登場によって大混乱に陥っている状況を整理して理解できるようになるはずだ。
一方で、AIが自我を獲得し、人間を上回る知能が誕生するというのは「知能」とはまた違う次元の話といえる。」
……ということでした。
また「第1章 過去の知能研究」によると、「知能」とは……
「現在、人類は脳(大脳)がどのようにして知能を生み出しているかを理解していない。もっというなら(脳の機能としての)知能とはなにかを定義することさえできていない。
実際、学会の専門誌には「知能Inteligenceは高等な抽象的能力、学習能力、新しい環境への適応能力と関係する高次認知機能の総称といわれているが、明確な定義はない」(中略)と堂々と書かれている。」
……「知能」には明確な定義がなかったんですか!
そして「第5章 世界のシミュレーターとしての生成AI」には、人間の脳と生成AIの知能に関する総まとめ的な記述があったので、ちょっと長いですが、以下に紹介します。
「脳も生成AIも、現実世界のシミュレターという意味では等価であるとみなすことができる。
このような立場に立てば従来の人工知能研究、古典的記号処理パラダイムや身体論的人工知能がうまくいかなかった理由も理解できる。前者は論理演算だけで知能は作り出せると想定し、ハードウェアとは独立にソフトウェアだけで知能が定義できると考えたが、脳が現実をシミュレートするアナログコンピュータのようであれば、デジタルコンピュータで同じものが作れるという保証はなく、また、実際にできないから失敗したとみるのが妥当だろう。
身体的人工知能論は、脳の知能の成立に身体が要るというところまで踏み込んだのはよかったが、脳自身がシミュレーターであるというところに踏み込めなかった。最終的には非線形非平衡多自由度系の末裔である深層学習が、脳とは異なった、しかし十分に正確な(代替可能な)現実シミュレーターとして最も成功したモデルになった、というのが「知能とは現実をシミュレートする機械装置である」という考え方の帰結となる。」
*
さらに「第8章 知能研究の今後」では……
「(前略)人間の脳は経験的に生成AIに比べて非常にわずかなデータを見ただけで本質を理解して学習する能力を持っている。
これはおそらく、人間の持っている世界モデルのほうが、生成AIが持っている世界モデルよりずっと現実に近いので、より少ない学習量で世界を把握できるからだろう(おそらくは長い進化の淘汰圧のおかげで)」。
……とありました。
また「第9章 非線形系非平衡多自由度系と生成AI」では……
「私に言えるのは今の生成AI、基盤学習+転移学習という仕組みはどんなに高度に発展したように見えても所詮は非線形系非平衡多自由度系の枠内の話であり、その外側に出て行かない限りは、固定点でも、リミットサイクルでもカオスでもない動力学は実現できるはずもなく、したがって自律した意識を持って人類の脅威になったりは決してできないだろう、ということだけだ。そんなことより、人間が高性能AIを悪用するほうがよっぽど起こりやすく、危惧すべきことだと思う。」
……と書いてありました。確かに「人間が高性能AIを悪用する」危険性はとても高いので、それにどう対処するかについては真剣に考えなければいけないと思います。
その一方で、生成AIと人間の脳の知能は、田口さんが言うように「全く違う」ということには疑問も感じてしまいました。「人間の脳はAIよりも少ないデータで学習できる」のは、研究データ的にはその通りなのかもしれませんが、人間は赤ちゃんの時から周囲を自律的に観察し、自ら積極的に学び取っています。そのデータ量は実はかなり膨大なのでは? そしてAlphaGoという囲碁プログラムが「自己対戦で過去の対戦を自己生成し、それを学ぶという方法で人間の最強王者に勝つことができた」ことを思うと、生成AIも今後は、「周囲を自律的に観察し、自ら積極的に学習データを作って学習する」ことが出来るような気がします……。
それでも人間には「ひらめき」という謎の能力があり、これを生成AIがどう獲得できるのかはまったく想像がつきませんが……。そういう意味では、やはり生成AIは、人間の知能をまだまだ凌駕することは出来ないのかもしれません(ちょっと弱気)。……そうだと良いのですが(苦笑)。
『知能とはなにか ヒトとAIのあいだ』……人間とAIの知能について、物理学者の田口さんが深く考察している本で、「知能」に関する研究や、生成AIなどの仕組みについても明快な解説があり、とても勉強になりました。「知能」について、新しい視点から考えることが出来るようになって、とても有意義だったと思います。みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
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『知能とはなにか ヒトとAIのあいだ』