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第1部 本
自己啓発・その他
メタバースの哲学(戸谷洋志)
『メタバースの哲学』2024/9/26
戸谷 洋志 (著)
(感想)
メタバースは、「もう一つの現実」なのか? メタバースにおいて、「他者」との関係性はどうなるのか? メタバースは、現実世界とどう関わっていくのだろうか? ……「人間」と「現実」の関係を問い直すことで見えてくる未来の社会。哲学的視点から光をあてる新しいメタバース論です。
「はじめに」によると、メタバースの定義とは、「コンピューターやコンピュータネットワークの中に構築された、現実世界とは異なる3次元の仮想空間やそのサービス」だそうです。
そしてこの仮想空間の体験を支えているのは、「バーチャル・リアリティ(Virtual Reality:VR)」の技術。ヘッドマウント・ディスプレイを頭にかぶせて、外部の視覚情報を完全に遮断した状態で、VR映像を視聴するものですが、それによって、あたかも自分が実際にその映像の中にいるかのように感じ、強い没入感を味わえるのです。
なお「本書では、メタバース上での空間を、「仮想空間」と呼び、それに対して私たちが自らの生まれ持った肉体で生活する空間を、「物理空間」と呼ぶ。」そうです。
さて「第1章 メタバースとは何か」によると、実はまだメタバースは、完全な形態としてはまだこの世界に存在していないそうです(日本における代表的メタバース・プラットフォームとしては、一応、二〇一七年に公開された「cluster」が知られてはいますが……。)
そして「第3章 メタバースとアイデンティティ」によると、メタバースに関しては、次のように様々な考え方があるようでした。
・現実では、私たちのアイデンティティを成り立たせる重要な要素(土地・環境・身体)は、出生時に選択の余地なく与えられるが、メタバースは、そうした物理空間の不条理さに対する救済となりえる。
・「個人主義(分割できない)」と「分人主義(分割可能な人の集合体)」という概念があり、メタバースはこの「分人主義」を体現する場。
・人間には自己の「イデア(魂)」があり、物理空間において、イデアはある特定の側面を呈示する「私」として出現する。メタバースという新たなスクリーンでは、「私」は物理空間とは異なる側面を出現させることができるようになる。
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また「第5章 メタバースにおける身体」には……
・「メタバースの独自性は、明らかに、そこで身体的なスキンシップが可能なプラットフォームである点にある。」
・「(前略)メタバースでは、アバターが何かに触れたとき、ユーザーは自らの身体における同じ場所に、触れられたかのような感覚を抱くという。」
……と書いてありました。確かに……メタバースが映画や普通のゲームと違うのは、「スキンシップができる(できそうな)ほど、リアルな世界観を感じるからなのでしょう。
ちょっと面白く感じたのが、「第6章 メタバースと共同体」。もしかしたらメタバースでは、共同体を作れないのかもしれません。次のように書いてありました。
「(前略)固有の身体の喪失は、ここにいる人々から形成される「コミュニティー」を解体し、それは「政治的な解体」を意味するのである。物理空間よりも仮想空間が重視されるとき、私たちは、ここには存在しない仮想空間のなかの人々と交流する。しかしそれは、物理空間のそれと同じ意味において、共同体を形成することができない。」
……物理空間では、人間関係はそれほど簡単に離脱できるものではなく、気が進まないからといって簡単に「チェンジ」できませんが、メタバースでは簡単に「チェンジ」できる可能性が高く、そのような「いつでも互いをチェンジできる人間関係において、持続的な共同体は形成されえない。」そうです。……うーん、そうなんでしょうか? メタバースでも少なくとも「仲間」や「会社」は作れそうな気がしますが……。
そして驚かされたのが、「第8章 メタバースと統治」。次のように、メタバースを統治に活用している国(ただし未承認独立国)がすでにあるそうです。
「現在、国家の統治にもっとも大規模かつ徹底的にメタバースを活用している国として挙げられるのは、リベルランド自由共和国(Free Republic of Liberland)だろう。
リベルランドは、セルビアとクロアチアの国境地帯に位置するミクロネーション(未承認独立国家)である。二〇一五年に建国が宣言されたが、国際連合加盟国からは承認を得られていない。」
……リベルランドのイェドリチカ大統領は、「新国家の目的は、誠実な人々が政府に抑圧されることなく繁栄できる自由な国を建設することである」としていて、ブロックチェーンに基づく「電子政府」によって透明性の高い統治が行われることを目指しているようです。
そしてこれは他人事ではなく、実は日本政府も、目指すべき未来の日本社会として、「Society5.0」、すなわち「ICTを最大限に活用し、サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)を融合させた取組」によって、現在の人々が抱える社会課題を包括的かつ効率的に解決される社会、すなわち「超スマート社会」へ進もうとしているようです。
・「(前略)超スマート社会とは、仮想空間と物理空間の融合によって、現在の社会課題が解説された社会である。その基本的な原理は、物理空間で得られた大量のデータを仮想空間で処理することで、限られた資源を効率的に配分する、というものである。」
・「また内閣府は、二〇二〇年、総合科学技術・イノベーション会議で決定されたムーンショット目標の一つとして、「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」を掲げている。」
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……そうだったんだ。でもこの超スマート社会は「仮想空間と物理空間の融合」なので、私たちを「生まれた時に選択の余地なく与えられてきた「現実のしがらみ」から解放してくれるようなメタバース」ではないようです。本書でも……
「(前略)物理空間と融合したメタバースは、私たちを強制から解放するものではなく、むしろ私たちにとって新しい強制として作用する。」
……と書いてありました。
それでも、おそらくメタバースは複数構築(参加)できそうな気がするので、いつもは超スマート社会の「仮想空間と物理空間の融合」メタバースで生活し、たまに他の「完全な仮想空間」メタバースに行って趣味的な生活も楽しむ(こちらは嫌になったらすぐに「チェンジ」する)、なんてことが出来るのかもしれません。
『メタバースの哲学』……私たちの社会が、将来「メタバース化」していく可能性はかなり高そうな気がします。今までは技術的側面から紹介されることが多かったメタバースですが、本書は哲学的な側面からメタバースを考察している本で、とても参考になり、また考えさせられることも多かったと思います。メタバースや未来社会に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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『メタバースの哲学』