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第1部 本
医学&薬学
ゲノム裁判(コントレラス)
『ゲノム裁判――ヒト遺伝子は誰のものか』2024/3/12
ジョージ・L・コントレラス (原著), 上原直子 (翻訳)
(感想)
科学技術の発展は人類にとって歓迎すべきことですが、嘘発見器による冤罪事件や、警察の捜査に利用されるDNA鑑定技術がはらむ諸問題など、重大な問題につながる場合もあります。アメリカ自由人権協会(ACLU)科学顧問のシモンチェリさんは、当時、ごく普通に行われていた「遺伝子特許」に問題を感じました。
「ヒト遺伝子に特許は認められるのか?」
……このシンプルな問いに合衆国最高裁が審判を下したのは2013年。足かけ8年の舞台裏には、がん患者や疾患の遺伝的保因者、研究の自由を求める科学研究者、特許で利益を得るバイオ業界、そして原告・被告双方の訴訟弁護士や特許を承認してきた政府の人間、事件を裁く判事たちのさまざまな思いが交錯するドラマがあったことを詳しく紹介してくれるドキュメンタリーです。
大勢の人々の長い努力と戦いの果て、最高裁は「(一部を除いて、)ヒト遺伝子に特許は認められない」という判断を下しました。
巻末の著者自身による「解説――ミリアド社事件の(法的)意義」に、さらに詳細が次のように書いてあります。(なお、この文章の前には、「自然界に同様のものが存在するならば、特許適格性は認められない」ことと、この一連の裁判で問題になっているミリアド社のBRCA遺伝子の特許は、ラボで合成された形態のDNAのみをカバーするものだったことも書かれています。)
「(前略)単離されたgDNAもcDNAも、ともに体内に存在するDNAと化学的に同一ではないからだ。にもかかわらず最高裁は、一方の特許適格性を認め(cDNA)、もう一方の特許適格性を否定した(gDNA)。細胞DNAを修飾する分子と、遺伝子をコードするエクソンの合間に散らばるイントロンとを区別することに、科学的原理に基づいた理由はない。両者ともタンパク質のコード化とは等しく無関係であり、したがってcDNAは特許適格性をもたないはずだからである。」
*
このように最高裁は「(一部を除いて、)ヒト遺伝子に特許は認められない」と判断したわけですが、この判決の前には、アメリカの特許庁は積極的に遺伝子特許を付与し続けていましたし、一連の裁判で問題とされたBRCA1/2遺伝子をカバーする特許を取得したとき、被告のミリアド社も何ひとつ不正をしていませんでした。
……でも……個人的には、やはり「ヒト遺伝子」が特許化されることには抵抗感を抱かずにはいられません。自分の遺伝子の一部が、いくつかの民間企業や大学の特許物になっている……なんか、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』みたいな恐ろしさを感じてしまいます。だから最高裁がこのように判断してくれて、本当に良かったと思います。
それでも、この判決の前に行っていた特許庁の仕事も、必ずしも間違っていたとは思えないのです。なにしろ特許庁が最初に遺伝子特許を付与した頃は、インスリンなどの人工タンパク質の合成などが対象で、これらが医薬品に類似していたこともあって「特許適格性」を認めることにしたことにも同意できそうな気がするのです。なんといってもインスリンなどの合成は長年の研究の成果なのだし、研究コストを回収することも重要なことですから……。
おそらく最高裁判所が、「ヒト遺伝子に特許は認められない」としながらも、cDNAの特許適格性を認めたのは、これらのバランスを、うまくとるためだったのでしょう。
そして本文の最終章「第27章 その後」には、次のように書かれていました。
「ACLUが意図していたように、この事件はミリアド・ジェネティクス社とBRCA遺伝子検査市場を超えて、はるか広範囲に影響を及ぼした。現在のアメリカには、遺伝子を独占利用できる企業は存在しない。(中略)
かつて単一遺伝子による診断検査に財産をつぎ込んだ企業は次第に姿を消している。それでも、事業者団体やブロガーに滅亡を予言されていたにもかかわらず、アメリカのバイオ産業が判決の重みによって崩壊することはなく、生物医学の革新に歯止めがかかることもなかった。
だからといって、AMP対ミリアド社事件の結果が万人に受け入れられたわけではない。議会ではその影響を覆そうとする試みが何度も行われている。」
*
最高裁判決は、このように多少の不安定な要素を残しながらも、全体としては社会を正しい方向へ進めていったような気がします。
この本では、ヒト遺伝子が誰のものかを争った『ゲノム裁判』の詳しい経過を、ドラマのようにありありと知ることができて、とても参考になりました。
「序文」には……
「(前略)これは、ひとつの企業、二種類の遺伝子、七件の特許に限定された事件ではない。法律は科学の発展にどう対応していくのか、チャンスを掴んだものが法律をどのような方向に展開していくことができるのかを体現した事件でもある。」
……と書いてありましたが、「特許」問題に詳しい専門家や弁護士たちは特許で利益を得ている人が圧倒的なので、原告側に立ってくれる専門家や弁護士を探すのにも苦労するなかで、それでも「ヒト遺伝子」の特許を誰かに独占させるのは問題だと考える人々が、さまざまな方法で努力し続け、特許裁判所では二度も敗訴させられたのに、最後には最高裁で勝利を勝ち取っていくという経緯に、とても感動させられました。
「解説」の最後には、次のことも書いてありました。
「特許や遺伝学はさておいても、AMP対ミリアド社事件は、法や立法に関するより幅広い教訓を与えてくれる。この顕著な事件は、判例法(コモンロー)がいかに成り行き任せに形成されてきたのかを浮き彫りにした。(中略)もちろん、個々の事件が依って立つ構造、骨組みのようなものは存在するが、人間を取り巻く事象はあまりにもランダムで甚大すぎる。法律によって解決すべき状況をすべて予測することは、どんなに中心的な立案機関でも事実上不可能だろう。
これが特に当てはまるのが、科学技術の進展である。法制度が提供する枠組みは、公正、正義、幸福を基盤としており、その概念は科学の進歩の驚異的な速度に柔軟に順応しうる(と私たちは願う)。とはいえ、順応は一夜にして成し遂げられるものではない。(中略)
アメリカ政府の三権は今後も衝突、連携、共謀しながら新たな法律を作り、時代遅れの法律を改正していくだろう。時に断続的であれ、法律の変化は不可避である。そして多くの場合、完璧な結末には至らない。必ずしも悪いことではないのだが、それは法律や、法律の下で生活するすべての人間に、ある程度の意外性を与える。中にはそれを困難と感じる人もいるかもしれない。しかしこの意外性があるからこそ、賢明で、意思が固く、理想主義的で、幸運な人々には、変化が最も必要とされるときに変化を求める機会が与えられる。」
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『ゲノム裁判――ヒト遺伝子は誰のものか』……一私企業によるヒト遺伝子利用独占という長く定着していた慣行に初めて異を唱えた裁判の、手に汗握るドキュメンタリーで、とても読み応えがあり、勉強にもなりました(かなり分厚い本で、読むのは大変でしたが……)。強い意思を持つ賢い人々は、裁判に勝つために、どんな努力をするのかも知ることができました(専門家たちとのつながりを作り、数多くの学術論文や特許、判例を調べるだけでなく、「審理に十分値する重要な事件だということを裁判所に知らしめるために、この問題に対する国民意識を高める」活動もしています)。
いろいろなことを考えさせられる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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『ゲノム裁判』