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第1部 本

ビジネス・管理&人事

ゴースト・ワーク(グレイ)

『ゴースト・ワーク』2023/4/25
メアリー・L・グレイ (著), シッダールタ・スリ (著), 柴田裕之 (翻訳), & 1 その他


(感想)
 Amazon、Google、Microsoft、Uber。大企業が提供する自動化されたサービスの裏側に潜む、数えきれない「見えない労働者」の存在と実情とは……脚光を浴びるAIの影で高速で拡大している「ゴーストワーク」の最暗部をえぐる渾身のルポルタージュで、主な内容は次の通りです。
序 機械の中の幽霊
第1部:自動化のラストマイルのパラドックス 
 第1章:ループ(作業工程)の中の人間たち 
 第2章:出来高払いの仕事からアウトソーシングへ――自動化のラストマイルの略史 
第2部:苛酷な仕事 
 第3章:アルゴリズムの残虐とゴーストワークの隠れたコスト 
 第4章:お金(以上のもの)のために熱心に働く 
第3部:ロボットにやり返す 
 第5章:見ず知らずの人の優しさと協同の力
 第6章:ダブルボトムライン
結論:目下の課題 
謝辞
方法に関する付録
註一覧
解説:彼らは幽霊じゃない 成田悠輔
   *
 Amazonのようなオンライン小売業者は、AIなどのプログラムをフル活用して機械化をどんどん進めていますが、実はその裏で、「製品の説明が写真と一致しているかどうか」の確認などの反復作業をする大量の「人手」を必要としているようです。Amazonはそのために、「Mターク(アマゾン・メカニカルターク)」という仕組みを作り、技能や経験は不要で、時間と、注意力と、インターネットの接続環境さえあれば出来る仕事をしてくれるワーカーを集めました。これはとても画期的な仕組みで……
「Mタークがもたらした画期的な躍進は、一連のタスクをまとめて処理し、APIを通して人間によってそれらのタスクを完了させられるようにするというこの基本的なテクノロジーを利用して、このプラットフォームを人々が人間の労働を「売買」できる労働市場にしたことだ。」
 ……必要なときだけ、安価に大量の人手を活用できるというMタークのような仕組みで利益を上げようと、ゴーストワークのための人材募集を自動化する無数の企業が、新規にぞくそくと設立されたそうです。
 実は「(前略)自動化された仕事の大半は、一日二十四時間、相変わらず人間を必要としている」のです。なぜなら自動化されたプロセスには避けようのない不具合が起こることがあり、それに対処するために人間の臨時の労働が生まれるから……機械(プログラム)が手に負えないと判断した「例外処理」に即時対処するため、オンラインで常時繋がっている人間の「ゴーストワーカー」にその仕事が回される……社会のIT化が進んでいく裏で、そんな仕組みがすでにでき上っていたことに衝撃を受けました。
 例えばインターネットから「不快な画像」を排除する仕組みには、もちろん画像認識AIも活用されていますが、実はそのトレーニング用の画像データを作ったのも大量の「ゴーストワーカー」たちですし、AIが判断に迷うときに、その微妙な写真の不適切性の判断を任されるのも「ゴーストワーカー」たちなのでした。そして……
「API(注:アプリケーションプログラムインタフェース)とコンピュータによる機械的な処理と人間の柔軟な判断力というこの組み合わせを、企業は「クラウドソーシング」とか「マイクロワーク」とか「クラウドワーク」とか呼ぶ。(中略)私たちがみな当たり前のように使っている現代のAIシステムやウェブサイトやアプリは、陰で働く人々が支えているのだ。」
 AIが人間の仕事を奪うという予測がされていますが、著者のグレイさんは、そんなことは起こらないと考えているようです。というのも……
「首尾よくAIをトレーニングして当該のタスクを人間のようにこなせるようにしたら、ワーカーはエンジニアに課された次のタスクに進み、自動化の限界がさらに拡がる。」
 ……というわけで、どこでもAIが「手に余る」仕事が新たに発生するので、「自動化のラストマイルのパラドックス」はどんどん先に行くことになり、要するに「人間の労働を取り除きたいという願望が必ず、人間の新しいタスクを生み出すのだ。」そうです(苦笑)。
 ……AIに仕事を奪われることはない、というのは歓迎すべきことかもしれませんが、機械化の裏で発生してくる「ゴーストワーク」は、今後どんどん広がっていくような気がしますし、しだいに社会問題化していくかもしれません。
 というのも、彼らは通常これまでの「仕事」において法で定められている最低収入よりも少なくしか支払われない(人材会社を詐称する人に騙され、ただ働きさせられる)ことも多く、理由を問わずいつでも解雇されてしまう状態にありますし、健康や傷害への保険もなく、この種の「仕事」を管理する労働法すらまだないという、とても弱い状態にあるからです。しかも彼らを教育してくれる雇用主さえ、ほとんどいません。なぜなら雇用主たちは、教育などの投資が必要ないというメリットも前提として、「フリーランサー」のゴーストワーカーを使っているからです。(なおMタークの場合、ワーカーが提出した仕事は、人間かアルゴリズムが審査して合否を判定し、不合格だと報酬は支払われないそうです。)
 このような「ゴーストワーカー」を構成しているのは、お金に困っている若いシングルマザー、早期退職を余儀なくされた専門家、就職に失敗した人々……彼らは過労と過少賃金に日々苦しみつつも、それ以上の仕事がないという理由でゴーストワークを続けているようです。ゴーストワークはインターネット環境と、人間の持つ普通の能力があれば、どこでも実施可能であるだけでなく、「いつでも辞められる」仕事でもあるので、家事や介護との両立を図りやすいからです。
 そのせいか、ゴーストワーカーの構成は……
1)お試しワーカー:やってきたが、何か不満を感じてすぐにやめる人
2)常連ワーカー:仕事には慣れたが、断続的にしか働かない人
3)常時接続ワーカー:フルタイムの仕事にした人
 ……となっていて、この常時接続ワーカーは全体の20%ですが、80%の仕事をしているそうです。この構成は、雇用者やゴーストワーク人材募集会社にとっては、望ましいようにも感じます。24時間常時接続して働いてくれるベテランワーカーが、やっぱり最低でも20%は必要でしょうから。
「ゴーストワーカー」は不安定な仕事で、もしかしたら人間扱いさえされていない(名前ではなく「識別子」で区別されているワーカーは、機械のプログラムとほぼ同等のタスク扱いされている)ような気がしますが、その一方で、このことがむしろ「差別しにくい」というメリットも生んでいるようです。ゴーストワークで必要とされるのは「能力」だけで、女性や障害者という「属性」は関係ないから……そういう意味では、公平で魅力的な仕事なのかもしれません。
 さらにこの仕事には、居住地も関係ありません。これはアメリカの話ですが、この「ゴーストワーカー」を引き受けているのは、アメリカ人だけではなくインド人も多いのだとか。なるほど……グローバル企業の場合は、インターネットに繋がっている人ならば、国籍など関係ありませんよね。ただしインドの場合は、そもそもインターネットに繋がる環境がないとか、コンピュータに慣れていないとか、さらには郵便番号がないとか、アメリカでは考えられないような問題を抱えている人も多いようですが……。
 とても驚きの「ゴーストワーカー」の実態を描き出してくれる本で、とても参考になりました。このゴーストワークは、今後、さまざまな社会にじわじわ拡大していくと思います。
 最終章の「結論:目下の課題」には、次のように書いてありました。
「(前略)この成長率が持続し、独立業務請負業者紹介サービスと臨時労働者紹介サービスの成長率も現状を保てば、二〇五五年までには、今日の全世界の雇用の六割が、何らかの形のゴーストワークに変わる可能性が高い。」
 ……本当にそうかもしれません。
 この章では、ゴーストワークにまつわる問題の解決策についても、次のように提案されていました(本書内には、詳しい説明があります)。
<社会的変化を起こすための技術的解決策>
1)協同:ワーカーたちの間のコミュニケーションを容易にする
2)オンデマンド休憩室:情報の共有や教育(ギルドのようなコミュニティー構築)
3)企業が提供する共有の職場:同じツールへのアクセスを持つ共有の作業空間。
4)コンテンツモデレーションも含め、あらゆる種類のゴーストワークをフラッシュチーム(プロジェクトの間だけの即席チーム)ができるようにする(互いに支援し合える)
5)履歴書2.0とポータブル評価システム:ワーカーの実績を系統的に記録・保管する
<技術的な専門知識を必要とする社会的解決策>
6)ワーカーの立場に立つ
7)ゴーストワークのサプライチェーンのために、責任の所在を明確にし、企業全体の「グッドワークコード」を確立する
8)コモンズにふさわしい雇用分類:安定性のない仕事という位置づけから、より良い方向へ変える
9)新たな商事改善協会としての労働組合とプラットフォーム協同組合
10)未来のワーカーたちのためのセイフティーネット:国民皆保険制度、有給の家族休暇、市町村のコワーキングスペース、継続教育、基本給(定額報酬)など
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 すべての産業でIT化が進んでいる以上、ゴーストワークへのシフトは避けられないような気がします。現在、ゴーストワークは不安定な雇用環境のなかで、「すでにその能力がある」ことを前提に仕事が割り当てられている状況ですが、日本もこのような「働き方」に適応していく必要があるように感じました。
 もしかしたら「デジタル・ハローワークQ」とか「攻殻ハローワーク」(笑)とかを新設して、試験的にゴーストワーク人材を育成・活用する仕組みを試行してみると良いかもしれないなーと思いました。特にシルバー(退職者)人材は有望かも……彼らには年金という基本給(?)がある上に、長年の仕事経験という能力もあるので、臨時の半端仕事が多く不安定なゴーストワークの担い手に相応しい気がしますし、シルバー人材のうちITに強い人々に試行に参加してもらえば、未来に向けたより良い人材活用の在り方を探っていくことが出来るかもしれません。
『ゴースト・ワーク』……ゴーストワークの現状を知ることが出来るだけでなく、未来の働き方がどうあるべきかについても考えさせてくれる本でした。とても参考になるので、みなさんも、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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『ゴースト・ワーク』