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第1部 本

 IT

ネット分断への処方箋(田中辰雄)

『ネット分断への処方箋: ネットの問題は解決できる』2022/6/27
田中 辰雄 (著)


(感想)
 ネットによって人々の意見が過激化し分断が進んでいるという事実はないのにもかかわらず、なぜネットの議論は罵倒と中傷ばかりで分断されているように見えるのか……その答えを提示してくれるとともに、ネットの議論を実り多いものにするための処方箋として、フォーラム型のSNSを提案している本で、内容は次の通りです。
はじめに──ネットの分断は解決できるか
第1章 二つの議論──倒すか,理解か
第2章 保守とリベラルについての覚書
補論 本書の立場──思想の自由主義
第3章 学術的な,あまりにも学術的な
第4章 フォーラム型SNS
補論 フォーラム型SNSの補足説明
第5章 炎上への対処
第6章 フェイクニュースへの対処
第7章 初期故障の時代──まだ20年しかたっていない
あとがきに代えて──ヘイトスピーチと情報力の独占
   *
「あとがきに代えて」で、本書の概要が次のように簡潔にまとめられていました。
「本書はネット分断の処方箋を述べたものである。現在、ネットでの議論は極端に分断され、荒れ果てている。相手を倒す議論ばかりが横行しており、相互理解に向けての議論の積み重ねは見られない。しかし、この状態は修復できないわけではない。ネットでの議論がこうなってしまったのは、個人の発信力を最強にした初期設定のミスであり、修復は可能である。修復のための具体案としてたとえばフォーラム型SNSという案を示すことができる。現在のネットの荒れは、始まりつつある情報化時代の初期故障であり、やがて修復されるだろう。」
 ……これを骨格として、ネットが分断しているように見える現状やその理由、ネットを建設的な議論ができる場にするための提案が、具体的に語られていきます。
「第3章 学術的な,あまりにも学術的な」では、ネットで議論が荒れて罵倒と中傷ばかりになっている理由が語られます。
 実は調査によると、意外にも「ネットを使うと人々の意見は穏健化する」そうです。一般の人は「ネットを利用し始めると過激化ではなく穏健化・中庸化する」ようで、特にブログでは統計的に有意な変化で「穏健化・中庸化」するのだとか。
 また、日本やアメリカでの調査によると、分断が起っているのは中高年層であり若年層ではないそうです。若年層は穏健的なようで……これも分かるような気がします。街で見かけるひどい酔っ払いも中高年が多いような気がするし(苦笑……気のせい?)。
 ところが、なぜかネットの掲示板などを見ると、荒れている印象を強く受けてしまいます。その理由は、「個人の情報発信力が強すぎるため」で、中庸で穏健な人の言論がネットからは消えてしまい、極端な意見ばかりが残る結果になっているからだそうです。
 実は、憲法9条改正への書き込みで調べたところ、60回以上書き込んでいる0.23%の人の書き込みが、全体の50%を占めていたそうです(他のテーマでも同じような傾向が強いとか)。
 次のようなことが書いてありました。
「個人の情報発信力が強すぎると、中庸・穏健な人たちが議論の場から撤退していく。中庸・穏健な人が相互理解型の議論をしようとしているとき、極端な意見の人が入って相手を倒すための攻撃的な議論を始めると、中庸で穏健な人たちはそれに耐えられずに議論から撤退してしまうからである。」
「ネット上では両極端の強い攻撃的論調の書き込みばかりで、相互理解のための中庸な議論はほとんど見られないことが実に多い。相手を倒す議論ばかりになり、相互理解のための議論は消えてしまうのは、(中略)ネットの特性である。」
 ……これ、まさにその通りだと思います。ネットで初めて「炎上」を見かけた時、あまりの喧嘩の凄まじさに驚き、しばらく画面を呆然と眺めてしまったことを思い出しました。
 その時は、ほぼ二人の全面対決だったのですが、常識派の側がどんな理性的・合理的な意見を言っても、もう片方側がまったく受け付けず、理解しがたい論理展開を罵倒とともに続けていくのです。
 ええー? なんだこれ!
 いつまでも不毛な罵倒が終わらないので、結局そこから離脱してしまいましたが、世の中には説得がまったく通じない人間が現実に存在していることを恐怖とともに痛感させられる出来事でした。
 その後も同様の炎上を何度か見かけましたが、どれも終わるのは「常識側の離脱」が起ったときだけで、罵倒側は一歩も引かない姿勢を貫くのだということを学びました(なお常識側の離脱時に、罵倒側は勝利宣言することもありましたが、一観客としては、むしろ罵倒側が最初から敗北していたように見えました)。
 本書には「現状では、聞きたくないと思っても、聞かないようにする方法がない。」とか、「リアルでは起こらないような「批判殺到」などがネットではごく普通に起きている」と書いてありましたが、まさにその通りです!
 ……ただ……個人的には、このような人が世の中に存在することを実感できたことは、私自身にとっては良かったと考えてもいます。というのも、世の中にはまさに「いろいろな人」がいますが、会社や商店、レストランなどで、このような激しい罵倒に遭遇することは(幸い)めったになく、世の中には危険な人がリアルに存在することに気づかない人が、もしかしたらいるのではないかと思うからです。最近は少子化で兄弟の少ない人も多く、周囲が大人ばかりだと、「馬鹿らしい理由での理不尽な喧嘩」を自分がすることはもちろん、見ることすら少ないかもしれません。でもネットだと、喧嘩のとばっちりを危惧することなく、安全に高見の見物をすることが出来るのです(笑)。
 とは言っても、確かに「圧倒的多数派の穏健な人」がすぐに離脱してしまうような議論の場しかないという現状はとても問題で、こういう「荒れた議論」ばかり見せられて、どんな内容の議論でも、「議論から去った」側が敗者(相手に屈して逃げた)みたいなイメージが積み重なると、それが普通の議論の形なのだと感じてしまい、そもそも「建設的な議論」がどんなものかを学ぶことができなくなってしまいます。
 そんな「相手を打ち負かすための議論」しかなされない社会には悲惨な未来が訪れそうだし、これからもネット社会の比重の方はどんどん高まっていくことが予想されるので、今後は、ネットでは「建設的な議論」の方が一般的になるようにしていくべきだと思います。
 そこで本書の「第4章 フォーラム型SNS」では、ネットで「相互理解の議論の場」をつくる具体的な方法として、「読むことは誰でも出来るが、書き込めるのは会員だけというフォーラム型SNS」が提案されていました。「書き込みを会員だけにすることで個人の情報発信力を抑制して相互理解の議論の場をつくる一方、書かれた内容を読むのは誰でもできるので世論形成も十分に行うことができる」そうです。これは、とても良い方法だと感じました。
 また「ネットすべてで個人の情報発信力を抑制する必要はない」ということなので、このようなフォーラムが出来たとしても、「相手を打ち負かすための議論」をしている人も、ネットのどこかで見ることが出来ます。
 このようにして現在よりも「相互理解の議論の場」が増えることは、今後の社会をよりよくしていくことに大きく寄与すると思います。
 ところで、実は現時点でも「情報発信力抑制」の試みは行われているそうで、次の3つの事例が紹介されていました。
1)NewsPicks(経済ニュースサイト):コメントを書けるのは、実名を登録した、それなりに地位のあるビジネスマンのみ。
2)ヤフーニュースのコメントポリシー:法令違反の書き込みを常時パトロール、AIを利用した「建設的内容」のものの優先表示。
3)ツイッターの返信制限:書き込みに返信できる人を制限する機能。
 ……これらの試みも、効果がありそうに感じました。
 本書では、この他にも「炎上への対処法」、「フェイクニュースへの対処法」など、参考になる情報(提案)を読むことが出来ます。
『ネット分断への処方箋』を具体的に教えてくれる本でした。
「荒れた議論」から常識人が撤退していくことが多い現状から、「相互理解の議論の場」が増えること、建設的な議論が増えて、社会がより良く、住みやすい世界になっていくことを願っています。なんといっても「議論を重ねて相互理解を深め、問題を解決していくというのは人間社会の基本」なのですから。
 今後のネット社会のあるべき姿を考える(作っていく)ために、ぜひみなさんも読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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