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第1部 本

生物・進化

遺伝子とは何か? 現代生命科学の新たな謎(中屋敷均)

『遺伝子とは何か? 現代生命科学の新たな謎 (ブルーバックス)』2022/4/14
中屋敷 均 (著)


(感想)
「遺伝子とは何か?」をテーマに、その解明の歴史と、最新の研究で明らかになってきた現代生命科学の新たな謎を教えてくれる本です。
 第4章までの前半は、遺伝子をめぐる科学史の紹介。メンデルの実験から、ワトソン、クリックによる二重らせんモデルの発表など、有名な研究の歴史なので知っていることも多かったのですが、再復習できてとても勉強になりました。
 さて2003年にヒトゲノムの解読が完了しましたが、これで「遺伝子」がわかったのかというと、そうではないそうです。DNAにコードされている遺伝子の構成が判明したことで、ヒトゲノムの複雑さがかえって判明してきたのだとか(!)。DNAに遺伝子はコードされていますが、それらは非コード配列やそのコピーである多様なRNAなどによって、たくみに制御されていることがわかってきました……。「第5章 新たな混乱の始まり」からは、DNAの解読によって遺伝子のことがすっかり分かった、どころか、DNAの解読は、新たな謎への導入になったことが語られていきます。
 なんとヒトの場合であれば、タンパク質になるゲノム配列は、全体のわずか1.5%しかないという驚きの推定がなされたそうです。さらにマウス細胞にあるRNAの網羅的調査では、タンパク質となる領域がわずか1.5%程度に過ぎないにもかかわらず、ゲノムの約70%の領域がRNAに転写されているという驚きの発見がありました。このことは何か新しいRNAの世界(「RNA新大陸の発見」)があることを確かに示しています。
「リボザイムが発見されても、マイクロRNAが発見されても、その状況(タンパク質をコードしないRNAが軽んじられる状況)に大きな変化はなかったが、風向きがはっきりと代わり始めたのは、1998年のアンドリュー・ファイアーとクレイグ・メローによるRNAi(RNA干渉)の報告からだろう。これは二本鎖RNAという、セントラルドグマには現れることのない構造のRNAを起点として、20塩基ほどの短いRNA(siRNA)が作られ、それが遺伝子発現制御に働くというものだった。
 マイクロRNAの生成や機能もこのRNAiとほぼ同様の機能が担っていることが判明するが、それらも含めてごく小さなRNA分子が細胞の中にもの凄い数が存在し、実際に機能していることが明らかとなったのだ。RNAiは任意の遺伝子の働きを抑制するツールとなり、様々な研究に利用されたため、それまで知られていなかったRNAによる何か新しい遺伝子制御の仕組みが生体の中に存在する、ということが広く認識されるようになっていった。
 しかし、それにもまして「RNA新大陸の発見」と称された2005年の報告は、RNAに関して我々はまだ知らない何か大切なことがあるという認識を決定的にしたものだった。」
「これまで紹介してきたように、セントラルドグマによって定義されたタンパク質をコードする<遺伝子>という概念は、生物がその形質を伝える単位としての遺伝子をすべてカバーするには不十分であることが明白である。」
「ヒトゲノムには、わずか数万個の「遺伝子」に対して潜在的に数百万個におよぶ制御配列が存在し、選抜されたものに限っても、タンパク質をコードする塩基配列の6.5倍もの量の塩基数が制御配列として機能しているということになる。たとえて言うなら、見えている電球の数をはるかに超える配線が天井や壁の裏に張り巡らされており、その途中のあちらこちらにある調節スイッチで、1つあるいは複数の電球のオンオフや光強度を変えて、複雑な電飾パフォーマンスを演じている、生体とはそのようなイメージでできていることが示唆されたのである。」
 ……私たちは「遺伝子」だけで生体の機構が決まってしまうのではなく、深刻な飢餓などの危機的な経験をすると、それに影響された変化が起こり、さらに後世へと引き継がれることがあるそうです。1944年ナチス支配下のオランダが深刻な食糧不足に陥った後の追跡調査で、その事実が明らかになりました。
「「オランダの飢餓の冬」の長期追跡調査で判明した事実の中で、本当に驚くべきことだったのは、母体が飢餓を経験した子供に見られた高頻度の肥満などの病的な形質が、彼らの子供、つまり孫世代まで「遺伝」した可能性が指摘されていることである。」
 その鍵となったのは、エピジェネティクス(遺伝子配列に対する「索引や見出しのような付加的な情報」)だと推定されているようです。
 私たち生物の体は驚くほど可塑性があるんですね。この「オランダの飢餓の冬」で起こったことは、もしかしたら私たち生物に備わった「進化力」の実例の一つなのではないかと感じました。
「第八章 遺伝子とは何か」には、次のように書いてありました。
「(前略)ゲノム全体を対象とした解析、特に哺乳動物のような高等真核生物における解析から明らかになったことは、ゲノムとはその大部分が実は「遺伝子」や染色体を制御するための配列であり、各々が機能を持った独立した「遺伝子」の集合体というより、多数の「遺伝子」を協調的に制御するための巨大なシステムというのが実態、ということであった。」
 ……正直に言って本書の後半の最新研究部分は、いまだ解明途中の状態にあることもあって、はっきり理解できたわけではありませんでしたが(汗)、生物に備わった複雑さや、環境変化への驚くほどの対応能力などに、わくわくさせられました。「遺伝子システム」が今後さらに解明されていくと、生物学や医学がどんどん進んでいくことが期待できそうです。
「遺伝子」について総合的に学ぶことが出来る本でした。とても勉強になるので、みなさんもぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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