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第1部 本

医学&薬学

がんは裏切る細胞である(アクティピス)

『がんは裏切る細胞である――進化生物学から治療戦略へ』2021/12/14
アシーナ・アクティピス (著), 梶山あゆみ (翻訳)


(感想)
「がんは進化のプロセスそのものである。」無軌道に見えていたがん細胞のふるまいも、進化という観点から見れば理に適っている……がんの完全根絶を目指すのではなく、がん細胞を「手なずける」という新しいパラダイムについて、進化生物学の観点から教えてくれる本です。
「訳者あとがき」には、次のような記述(本書要約)がありました。
「(前略)私たちの体内では約三〇兆個の細胞がこぞって進化の途上にあり、それは地球上の生物と何ら変わるところがない。自然界と同様、体内の細胞のあいだにも自然選択が働くため、体という生態系によりよく適応した細胞が、より多くの子孫細胞を生み出して優位に立つ。もっとも、通常であれば三〇兆個の細胞は見事に協力しあって私たちの体を機能させている。ところが、協力するための掟を回避するように進化する細胞が現れると、多細胞の協力体制は裏切られ、その『裏切り者』は無秩序に数を増やす。その『裏切り者』こそがんの正体だ。
 要するに、がんは病気というより「多細胞生物に特有の性質」であり、生命は多細胞の形態に移行したときからずっとがんとつき合ってきた。」
 ……なるほど。「がん」は人類が生まれる以前のはるか太古の時代から、多細胞生物の体内で他の細胞とともに進化してきたんですね。
 そして私たちががんにかかりやすいのは、成長、組織の維持、傷の治癒、感染症の予防、生殖といった機能とがんが結びついているからで、がんを完全に封じ込めると生物は不利益をこうむりかねないので、がんは淘汰されなかったし、この先も避けられない存在であり続けるそうです(涙)。次のように書いてありました。
「私たちは『がんと闘う』といいながら、実際には人間の手では如何ともしがたいプロセスと闘っている。つまり、進化というプロセスだ。それを遅らせたり、道筋を変えたりすることはできるかもしれない。しかし、進化自体を止めるのは不可能である」
「では望みはないのかといえば、そうでもない。「体という生態系の中で進化しつつある生命」としてがんを捉えることで、新たな治療法も生まれている。本書では、すでに成果をあげつつある「適応療法」を中心に、進化と生態系という切り口をベースにした革新的な治療のアイデアを紹介する。」
 ……初期のがんなど体内で根絶可能ながんもありますが、根絶しにくいがんもあるそうです。そして根絶しにくいがんは、「放射線や抗がん剤でがんを治癒すると、その治癒自体が選択圧として働き、その治療で死なない細胞が選択される結果を招く」ことが多いので、根絶やしを狙うのではなく、長期的管理が出来るようにするのが賢い方法ではないかと書いてありました。
 細胞の進化を遅らせる方法としては、1)遺伝子の変化率を低下させる、2)細胞の分裂ペースを落とさせる、などの方法があり、「低用量アスピリンを一日一錠飲むと、遺伝子変異率が大幅に下がった」とか、「おとりの薬を与えることで、がん細胞に薬剤排出ポンプを稼働させてエネルギーを消耗させる」という治療法の他、「腫瘍に(安定した低レベルの)資源を与える」という驚くような治療法もありました。腫瘍に資源を与えるのは、そうすると、腫瘍は無用な移動をしなくなる(その場にとどまって安定する)からだそうです。……なるほど……。
 がんが体内にある時には一刻も早くなくなって欲しいと願うだけだと思っていましたが……この本を読んだことで、がんが結局は避けられないものなら、悪さを最小限にとどめるようにコントロールしていくのが最善の方法なのかも、と考えさせられました(苦笑……単純)。考えてみれば体内だけでなく、私たちの社会にも「裏切る存在」の泥棒、詐欺師、殺人犯などがいて、彼らの完全な根絶なんて、おそらく不可能なのでしょう。それでも法律や警察、社会秩序の教育、自己防衛術などで、不本意ながらも共に生き、なんとか普通の生活が送れているわけだから……がんとの闘いも、そうなのかもしれません……。
 がんについて、進化の視点の基本から説き起こし、協力し合う細胞共同体としての身体の動態や、その中で「裏切り」の生存戦略を選び取るがん細胞の生態を浮かび上がらせてくれる本でした。
 この他にも「あなたの母親と父親はあなたの体の中で攻防を繰り広げている(母親由来の刷り込み遺伝子は、発達過程で成長を抑制するタンパク質を製造するものが多く、父親由来の刷り込み遺伝子は、発達過程で成長を促すタンパク質を生成するものが多い。)」など、興味深い情報が満載です。
 身体にとって、がん細胞の抑制はつねに大事なものとのトレードオフ……そんな利害のせめぎあいを分析することにたけた進化生物学の視点から、がんの発生や進展を、あるいは遺伝子ネットワークや免疫系との関係を見直すという新しい視点を学べて、とても参考になりました。みなさんも、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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