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第1部 本

生物・進化

カラハリが呼んでいる(オーエンズ)

『カラハリが呼んでいる (ハヤカワ文庫NF)』2021/8/4
マーク・オーエンズ (著), ディーリア・オーエンズ (著), & 5 その他


(感想)
 アフリカ(ボツワナ)のカラハリ砂漠で、若いアメリカ人の夫婦が、自然の驚異が満ちる荒野に暮らして野生動物を記録した1974年5月からの7年間を克明に綴った本です。
 大学で動物学を学んだ二人は、アフリカの野生動物が大規模な牧場経営や無計画な都市拡張のために生息地をうばわれ、すでに三分の二以上が死滅していることを知り、「広い原始のままの荒野でアフリカの食肉動物のどれかについて調査し、その結果をアフリカの生態系の保護計画作成に役立てよう」という決意のもと、わずかな着替えと双眼鏡を抱えて、アフリカ・カラハリ砂漠の奥地へと向かいます。
 ……それにしても、若い二人(オーエンズ夫妻)の無鉄砲なほどの決断力と行動力が、本当にもの凄くて驚かされます。「いったん調査地がきまってフィールドでの調査がはじまってしまえば、その後の調査資金はきっと誰かが援助してくれるだろう。」という期待だけを胸に、とりあえず、なんとか必要な資金を集めただけの状態で、道も水源もない未踏の地に行ってしまうのです。
 アフリカの美しい大自然に感動し、ハイエナやジャッカルなどの野生生物がすぐ身近にいることに喜び(調査の対象にもってこいだから)ながらも……彼らはすぐに過酷な自然に苦しめられます。現地調達したオンボロ車が故障し、水も食料も乏しく資金もなく……もうだめかもと絶望していたとき、なんと魔法のように救世主が現れました。それはボーギーという初老の男性。ボツワナ政府国土調査局の仕事をしていて、カラハリ砂漠で23年も地下の鉱物資源を調べていたそうです。
 カラハリ砂漠での調査のはじめのころは、このボーギーの個人的好意のおかげで、二人は食料や水でピンチに陥る絶妙なタイミングで救われ続け、なんとか野生生物の調査を進めることが出来たのです。また、慢性的に資金不足にも苦しめられるものの、尽きかける時には、幸運にも次の資金援助が受けられ(援助への申請書をたくさん出しているので)、オーエンズ夫妻は調査を進め続けることが出来たのでした。
 野生動物しかいないような場所なので、その生活ぶりは本当に信じられないほど過酷です。彼らの貧弱なキャンプには、野生生物がたくさん出入りし、ライオンやハイエナなどの危険な肉食獣たちも、彼らのすぐそばで木立にマーキングし、寝そべり、二人の顔を嗅ぎにくるなど、まさに野生と一体化した生活! オーエンズ夫妻は彼らにすっかり受け入れられたのか、乾季で生き物たちすべてが飢餓状態にある時でも、すぐそばにいる彼ら二人が獲物として襲われることはありませんでした(かなり危険なときはありましたが……)。
 それにしても……彼ら二人の「リスクへの寛容さ」には、本当に驚嘆してしまいます。ライオンやハイエナたちは自動車のタイヤやブレーキ・ホースに噛りつき(車を壊したこともあります)、水のホースを引きちぎり、小麦粉袋を破壊して粉まみれになったり、やかんを奪って逃げたり……どれも「命にかかわる」大事なものだし、もちろん近くに町などないので、すぐに代わりのものを準備することも出来ないのに……。二人の野生生物への愛は、とてつもなく深いのでした……。
 この本は、野生動物の息遣いが感じられるほど、生き生きと野生動物の生態を描き出しています。
 カラハリ砂漠の環境は過酷ですが、野生動物たちは、さまざまな方法で生き延びていきます。乾季には、植物や動物から得られる水分だけで、彼らは数カ月も「水なし」でものりきることが出来るのです。
 さらに彼らの調査で、野生動物たちの生態(食べ物、仲間との関係、子育て、他種の動物との関係など)が詳しく分かっただけでなく、カラハリ砂漠のライオン社会は、意外にも「仲間」以外との交流があるとか、ハイエナは共同で子育てしている(養子も多い)とか、それまで知られていなかった姿が、次々と明かされていきます。
 また人間が野生生物の世界に容赦なく入りこんで、深刻な影響を与えている実態も明らかにされます。
 カラハリ砂漠で暮らし始めたオーエンズ夫妻が巻き込まれ、もう少しで死にそうになった「野火」は、狩りのために「サン族」が毎年火をつけるものでした。(意外なことに、二人の調査によると、この野火の犠牲者は少なく、多少の齧歯類と昆虫、それに爬虫類が少しやられただけだそうです。)
 また二人が調査のためのイヤータグをつけ、親愛の情を抱いていた雄ライオンが、ハンターに殺されたこともあります。乾季のために、とことん飢えたライオンが保護区を出てしまったので、射殺されてしまったのです。
 さらに人間(および家畜)と野生生物の棲み分けのために人間が設置した長い柵のせいで、異常に長期の乾季が続いて水場が減ってしまったヌーたちが、水を探して彷徨ったあげく大量死してしまったこともあります。
 この本の「付録」には、これらの問題を提起する文書がついていました。
 これらを調査する彼らのフィールドワークの具体的な状況が、非常に具体的に詳しく書かれているので、すごく臨場感があるだけでなく、参考にもなります。
 乾季の終わり、待ちに待った雨は嵐となってキャンプを襲い、衣類も鍋も紙もその他のものも、みんな吹き飛ばされて散乱してしまいますが、嵐が去った後には、穏やかな光が、きらきらと露に濡れた草をかじっている数百頭のスプリングボックの背中をやさしく照らしている……その情景が目に浮かぶような素晴らしい描写を、たくさん読むことが出来るのです。
 そして調査・研究の大変さもよく分かります。
 例えば、野生動物に個体識別のためのイヤータグをつけるときの大変さと精神的葛藤。
 途中から無線首輪に代えた時、装置の不備にさんざん悩まされたこと(送信距離が短い、受信アンテナが強風や嵐で簡単に壊れる!)。ユーモラスに書いていますが、本当に命がけの問題です。しかも電波を追うのに気をとられるあまり、危険な状況に陥ることもあります。
 でも……彼ら二人はあまりにもパワフルなので、彼らと同じようなフィールドワークをするのは、かなり難しいかも。なにしろ、途中からは「飛行機の操縦」まで始めて、飛行機と自動車の両方を使って、無線首輪をつけた動物を追いかけるようになるのです。もちろん、彼らは貧乏なので、この飛行機も自動車もかなりオンボロな上に、燃料タンクに穴があいたり、大きな穴に落ちかけたり、野生動物たちが噛みついたり突撃したりして壊されることもあり、効率があがる反面、いっそう危険にさらされるようになった気がします(涙)。しかも砂漠には目印になるものがあまりなく、もちろん頼りになる地図もなく、残りの燃料を気にしながら彷徨ってしまう……まさに「生と死」と隣り合わせの研究です。それでも彼らはとにかくポジティブです。
「車に頼るしかなかった数年間は、ライオンやカッショクハイエナに関するデータの収集はもっぱら、灌木の茂みのなかをトラックでつき進むことでおこなっていた。今では飛行機と無線追跡装置のおかげで、楽にどんどんデータが収集でき、ひっきりなしにフィールド・ノートを埋め続けている。マフィン、モフェット、ブルー、そしてブルー・プライドのほかの仲間たちが、いつどこにいるのか、そしてスプリングボック・バン・プライドや他の四つの群れからどのくらい離れているのかもわかるのである。あるライオンが大きな獲物をしとめたかどうかを知りたければ、空中にあがり、無線機の周波数をあわせて、その頭上を飛ぶだけでよかった。」(注:マフィンなどの固有名詞は、識別のために動物や群れに彼らがつけた名前)
 TVの「ワイルドライフ」など野生動物の番組はよく見ていましたが……こういう研究者たちの命がけの調査や活動が、彼らの生態の解明・撮影に大いに役立っていたんですね……。(でも私にはとても無理だ……あまりにも軟弱な都会人だ……)。
 とても興味深いドキュメンタリーでした。読み物としてもとても面白い上に、たくさんの動物たちや風景、野火、雷雨のカラー写真や地図もあり、これを時々眺めながら読むと、いっそうリアリティが感じられます。
 生き物のフィールドワークに関わっている方はもちろん、生物や大自然が好きな方も、ぜひ読んでみてください。

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