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第1部 本

生物・進化

恐竜学者は止まらない!(田中康平)

『恐竜学者は止まらない! : 読み解け、卵化石ミステリー』2021/8/23
田中 康平 (著)


(感想)
 恐竜学者を目指して北の大地に旅立ち、大学院ではカナダに留学。恐竜の謎を追い求めモンゴル、中国、アメリカ、ウズベキスタンへ。世界経済の荒波にも、「あきらめなさい」の一言にも負けず、恐竜の生き生きとした行動・生態を解き明かすべく奮闘する卵化石研究・恐竜学者の田中さんの日々を、ユーモアを交じりに語ってくれる本です。
 田中さんは、恐竜の卵という魅力的な対象を研究していますが、卵化石の研究には、実は大きな問題があるそうです。それは、「多くの場合、卵を産んだ親が誰だか分からない」ということ。うーん……確かに。卵の化石はそばに親らしき恐竜の化石があったとしても、それが本当に親なのか、卵を食べに来た恐竜なのか、いっしょに土砂崩れなどの災害に巻き込まれただけなのか、判然としませんよね。「卵泥棒」と誤認されて、その名前をつけられてしまった恐竜(オヴィラプトロサウルス)がいたくらいですし(抱卵姿勢で化石化した骨が見つかって、「卵泥棒」ではなかったことが判明しましたが)。
 生きている卵なら孵化させてみることもできますが、すでに化石なのでは……。しかも卵の化石は通常、中身がなくなっているそうです。次のように書いてありました。
「古生物学者が卵化石という場合、それは厳密には卵殻化石だ。卵の中の黄身や白身、そして発育中の赤ちゃん(胚)は、たいてい化石として保存されていない。化石として残るのは、硬い炭酸カルシウムの卵殻だ。卵殻の内側にへばりつく卵殻膜も一緒に化石化している場合もあるが、稀である。
 たとえ完全な形状を保った卵でも、卵の中身は土砂に埋まって化石化する過程でなくなってしまう。卵は埋蔵されるうち、割れ目から入った土砂で満たされるか、空洞の中に二次的に炭酸カルシウムの結晶が形成される。私は、もともとの形状が残る化石を卵化石と呼び、破片になってしまったものを卵殻化石と呼んでいる。」
 ……そうなんだ。卵の殻だけの化石……意外に地味な研究なんだな……と、思ってしまいましたが、この本は、「読み解け、卵化石ミステリー」という副タイトルにふさわしい、謎解きの面白さに満ちていて、すごく読みごたえがありました。
 なかでも田中さんの研究対象に対する粘り強い真摯な姿勢には、とても感心させられました。
 例えば、カナダのカルガリー大学の修士課程のテーマに選んだ「恐竜の抱卵行動」。現生生物の卵殻と抱卵行動を、恐竜の卵殻化石と比較することで、恐竜の抱卵行動を予測するという方針で研究していたのですが、その途中でいくつかの難題に直面するのです。
 恐竜の巣のタイプは、卵殻のガスコンダクタンス(水蒸気の通りやすさ)で推定でき、ガスコンダクタンスが低い場合は「オープンな巣(抱卵することが多い)」、高い場合は「埋蔵型の巣(抱卵しない)」ということになると思われていたのですが、実はその関係性が十分に検証されてきていなかったことが、研究途中で判明してしまったのでした。これに関しては、統計分析を使って自らデータを検証することで、「ガスコンダクタンスの値は、オープンな巣よりも、埋蔵型の巣の卵の方が有意に高くなること」を明らかにしています。
 ところが……苦労してここまでやってきたのに、ガスコンダクタンスの測定方法には実験的手法と形態的手法の二通りあり、両方の測定方法で同じガスコンダクタンスになるのか、について理論上は一致することになっているものの、実際には検証されていなかったことがさらに判明してしまうのでした……そこで念のため両データを比較してみたところ、なんと予想外にも「一致しない」ことが分かってしまったのです。そのことを指導教官に相談すると、
「(前略)なら、今はガスコンダクタンスは使うべきじゃないわ。恐竜の巣のタイプの推定はできないということよ。あきらめなさい」
 という無情な一言……(涙)。それでも田中さんはあきらめませんでした。恐竜の卵には形態的手法しか使えないので、形態的手法での測定値に絞ることで「卵殻の間隙率研究」として続けることにしたのです。指導教官もこれには賛同してくれて、この方向で、各地の博物館などで保存されている卵化石を計測させてもらい(これがまた大変な手間!)、ついに恐竜の巣のタイプ(抱卵行動)を推定することが出来たのでした。
 結果としては……竜脚類や比較的古いタイプの獣脚類恐竜であるロウリンハノサウルスの卵殻は高い間隙率で、「埋蔵型の巣」を作り、卵を巣材の中に埋めていて(ワニ類と同じ方法)、鳥類に比較的近いグループのオヴィラプトロサウルス類やトロオドン、絶滅した鳥のモアは間隙率が相対的に低く、「オープンな巣」を作っていて抱卵していた可能性があるそうです。
 この研究結果が出るまでの経緯(大変な努力と知恵を絞った創意工夫)が、すごく真摯で、田中さんの研究態度の誠実さがよく分かります。しかもこういう真面目な研究生活の中に、ダイナミックな荒地でのフィールドワークや、日常のユーモラスな出来事なども織り込まれていて、外国(カナダ)での研究生活の苦労なども分かり、研究者を目指す人にとっては、とても参考になる情報が盛りだくさんでした☆
「研究は、論文を執筆する直前までのプロセスが面白い。アイデアを思いつき、仮説を立て、データを集めて仮説を検証する。新しい手法を見つけ出し、限られた証拠から行動や生態を推測することが何よりも楽しい。自然界を相手にした謎解きだ。今回の研究は、死者の残した暗号を解読していくようなスリリングさがあった。研究はやめられない。」
 まさにこの話の通りの研究生活ですね! 大変なのに、いつもどこか楽しそうです☆
 恐竜学者の生活は、地道な論文読みやデータ整理あり、過酷な荒地(しかも海外の荒地!)でのフィールドワーク(発掘作業)あり、博物館の標本室での計測・標本作りあり、研究発表(『サイエンス』などからの取材)、記者発表などもあり……恐竜の卵に関する情報ももちろん勉強になりましたが、これらの研究生活もすごく参考になりました。田中さんは、次のようにも書いています。
「私が今も変わらず研究に前のめりである理由、それは、サイエンスが面白いからに他ならない。仮説を立てて必要なデータを集め、検証する。この過程が本当に楽しい。化石という限られた証拠に基づき、アイデア次第でいくらでも恐竜たちの生き生きした暮らしぶりを解き明かすことができるのだ。外国に砂漠で新種を見つけるのも楽しいが、自分の仮説を検証する過程はもっと楽しい。カナダから帰国して、私の研究に対する熱量はさらに増加していた。」
 田中さんは文章がとても上手で読みやすく、ユーモアも散りばめられていて、まさに「面白くて、ためになる」素晴らしい本でした。冒頭には、化石発掘現場の写真や恐竜の卵殻写真、博物館の標本保管室での作業などのカラー写真もあります。
 恐竜が好きな方はもちろん、研究者をめざす方も、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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